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「空を抱く黄金竜」朝霞月子(ill:ひたき)

あらすじ
のどかな小国・ルイン国――そこで平穏に暮らしていた純朴な第二王子・エイプリルは、少しでも祖国の支えになりたいと思い、出稼ぎのため世界に名立たるシルヴェストロ国騎士団へ入団することになった。ところが、腕に覚えがあったはずのエイプリルも、『破壊王』と呼ばれる屈強な騎士団長・フェイツランドをはじめ、くせ者揃いな騎士団においてはただの子供同然。祖国への仕送りどころか、自分の食い扶持を稼ぐので精一杯の日々。その上、豪快で奔放なフェイツランドに気に入られてしまったエイプリルは、朝から晩まで、執拗に構われるようになり…!?

本文より抜粋

「──固い」
 肉の塊に囓り付いたはずがどうにも固すぎる。あんまり固くて腹が立ったので、思い切り歯を立てると、肉が逃げて行った。
「肉……僕の肉……」
 はむはむと口を動かすのだが、どうにも肉は戻って来てくれない。その代りに冷たくて甘いものを連れた何かぬめぬめしたものが入り込んで来た。コクコクと飲んでいると、またぬめぬめしたものが今度は口の中を舐め回す。これは肉の代わりの何かだろうか? 試しに歯を立てようとするとするりと逃げて行ってしまう。だから今度は舌先で舐めてみた。熱くて厚くて、柔らかいそれは、今度は舌を舐め始めた。
「んぅ……」
 なんだか変だぞと頭の中で思うのだが、ぬめぬめしたものは容易に離してくれない。息が苦しくて、もう少しで死んでしまう──。
 もう少し、がやって来る前にぬめぬめは口の中から出て行き、すぐに新鮮な空気が入り込んで来て、思い切り吸い込んだ。
 そうしてまた少し硬い枕に顔を押し付けて、眠りについたわけなのだが──。
「おい。おい起きろ」
「ん……や、だ……」
「やだじゃねえ。そんな可愛いこと言ってると食っちまうぞ」
「やだ。食べるのはお肉」
「肉でも何でも食べさせてやるから起きろ。おおー、結構伸びるな、これ」
 何が伸びるのだろうかと思うまでもなく、引っ張られているのは自分の頬だった。抓るほど力を入れられているわけではないため痛みはそれほど感じなかったが、何度もビヨンビヨンと伸ばされれば、いやでも目が覚めてしまう。
「ほっぺた引っ張らないで……んん?」
 誰かの手を振り払いながらパチリと目を開けたエイプリルは、すぐ目の前にあるフェイツランドの顔に眠気が吹き飛んでしまった。
「……どうして? どうしてあなたがここにいるんですか?」
「正確には俺がここにいるんじゃなくて、坊主が俺の部屋にいるんだ」
「俺の部屋……って、団長の部屋──えっ!?」
 慌てて飛び起きたエイプリルは、布団を跳ね除けようと半身を起こした状態で動作を止めた。そのままギギギと音を立てそうなくらいぎこちなく後ろを振り返れば、肘をついて横になり見上げてくる楽しそうな金色の瞳が目に入る。
「質問があります」
「なんだ?」
「どうして僕は服を着ていないのでしょうか?」
 もぞもぞと掛布団を胸の辺りまで引き上げながら、エイプリルはそっと布団の下の部分がどうなっているのかを確認する。上半身は裸だった。靴も靴下も履いていない。ズボンも脱がされていたが、辛うじて下履きだけは身に着けているようで、ひとまずほっとするも、どうしてこうなってしまったのかが問題だ。
 そのため、唯一事情を知っているだろう男に詰問口調で尋ねたのだが、それを聞いたフェイツランドはこれみよがしに大きな溜息をついた。
「これだからお子様は。お前は自分が倒れたことを覚えていないのか?」
「倒れた?」
「ああ。それはもうものの見事にふらりとな。正確に言えば、倒れたというより気絶したに近い。食べている途中で気を失っちまったんだぞ。ジャンニ、青い髪の奴が皿を退けなかったら今頃お前の顔はシチューまみれだ」
「で、でも、だからって服を脱がすことはないと思います」
 抗議するが、返ってきたのはやはり大きな溜息だった。
「お前、ここが誰の部屋かもう一度言ってみろ」
「あなたの部屋です。団長の」
「そうだ。俺の部屋だ。ちなみにこれでも宿舎の中では一番広くていい部屋を使っている。その俺の部屋のベッドに薄汚れたまま寝させるわけにはいかねぇだろうが」
「別にベッドじゃなくても、椅子の上か床の上に転がしていてもよかったですよ」
 言った瞬間、ゴチンと指で額を弾かれた。子供同士がすれば「痛い」の一言で済むが、力のある大人の男にされたのではたまったものではない。
 痛いの「い」だけを口にしただけで、エイプリルは額を押さえて布団に蹲った。未だかつてこれほど痛い思いをしたことはない。