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「彷徨者たちの帰還~守護者の絆~」六青みつみ(ill:葛西リカコ)

あらすじ
何も知らないまま繭卵を拾ったキースは孵化した聖獣にフェンリルと名づけ〝対の絆〟という言葉も概念も知らないまま誓約を結ぶが…。

本文より抜粋

「いったい…なんなんだ」
 わけが分からないまま、それでも、まるで最初からこうすると知っていたような気持ちで楕円形の塊の前にひざまずき、そっと両手で触れてみた。
「温かい…」
 言葉と同時に視界全体が光に包まれて、身体中が歓喜で満ちあふれた。胸の深い場所からふくれ上がった光は身体のすみずみまで満たして流れ出し、卵が発する光と混じり合う。──それが卵だということは、触れた瞬間に確信できた。
 これは間違いなく、何かの命を宿した卵だと。
 唐突に得も言われぬ幸福感に満たされて、キースはためらいなく卵を持ち上げた。そうして胸に抱き寄せ、そっと唇接けてから語りかける。
「オレに会えたのが嬉しい?」
 卵が綿毛のような光を撒き散らす。キースは自分でも驚くくらい、とろけるような笑みを浮かべて、もう一度卵に唇接けた。こんなふうに笑ったのは何年ぶりだろう。それから抱きしめた卵に頬を寄せ、しみじみとささやく。
「オレも嬉しいよ」
 気のすむまで幸せな気持ちを味わうと、キースは卵を毛布にくるんで携帯袋に入れた。それを背中ではなく腹に抱く形で肩紐をかけ、美しい小さな空き地をあとにした。
 岩と朽ち木の悪路をたどって元の場所にもどるとクラールとダールが苦虫を噛み潰したような形相で待ちかまえていた。どうやら彼らはぐらついて安定しない岩と、亀裂だらけの朽ち木の悪路を進むことができなかったらしい。
 キースが近づくと開口一番、ふくれあがった携帯袋を指さして詰問された。
「なんだそれは」
「成人の証」
「だから、なんだと聞いている」
「──…卵」
「卵? 見せてみろ」
 キースは嫌々ながら携帯袋の口を開け、毛布をずらして見せた。
 そして驚いた。
「これが卵だって?」
「ただの石じゃないか」
 呆れ口調で男たちが言う通り、それは石にしか見えなくなっていたからだ。質感も色も、黒味の多い花崗岩そっくり。さっきは確かに白地に金色の斑を散らし、派手に光りまくっていたのに。この変わりようはなんなんだ。
 驚きのあまり絶句しているキースの手から、クラールがひょいと携帯袋を持ち上げ、すぐにもどした。
「大きさのわりには軽いな」
「軽石ってやつだろう。形は確かに卵に似てるが」
「まあいい。『証』が手に入ったなら邑にもどれ。今度は寄り道なしだ」
 クラールとダールはあっさり興味を無くしてそう言い残し、再び監視役に徹するため姿を消した。
 キースはとっさに木剣を抜いてクラールを刺しそうになった腕を、なんとか意思の力で押しとどめ、代わりに携帯袋の口をしっかり閉めた。そうして肩紐に予備の紐を通して腰に巻きつける。こうしておけば、さっきのように突然携帯袋を持ち上げられても、そのまま奪われたりすることはない。
 そのまま左手で携帯袋を軽く抱え、足元に気をつけて歩き出しながら、卵に向かってささやきかける。
「おまえ、なんでそんな色が変わるんだよ」
 携帯袋の中をのぞきこむと、毛布の隙間から見えた卵は、やっぱり白地に金の斑が散っている。
「おまえ…」
 絶句しかけ、はたと気がつく。
「──もしかしてそれ…、変装のつもりか?」
 卵は『当たり』と言いたげに一度だけ淡く明滅した。そのあとは石のふりに徹することにしたらしい。