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「臆病なジュエル」きたざわ尋子(ill:陵クミコ)

あらすじ
地味だが整った容姿の湊都は、浮気性の恋人と付き合い続けたことですっかり自分に自信を無くしてしまっていた。そんなある日、勤務先の会社の倒産をきっかけに高校時代の先輩・達祐のもとを訪れることに。面倒見の良い達祐を慕っていた湊都は、久しぶりの再会を喜ぶがその矢先、達祐から「昔からおまえが好きだった」と突然の告白を受ける。必ず俺を好きにさせてみせるという強引な達祐に戸惑いながらも、一緒に過ごすことで湊都は次第に自分が変わっていくのを感じ…。

本文より抜粋

 恋人であるはずなのに一緒にいると気まずくて、まともに顔も見られない。話を聞くことはできても自分からなにか言うのは億劫だった。
 いや、億劫というよりは、言っても意味がないからしたくなくなった、というのが正しいだろうか。とにかくずいぶんと前から、湊都と恭司のあいだには恋人らしい会話なんてなかった。恭司が勝手に浮気相手とのことを話し、食事や掃除などの家事について命じ、湊都が気のない返事をするのみだ。
 そして浮気はどんどんエスカレートする。仮にも恋人の誕生日を迎えた瞬間に、壁を一枚挟んで浮気相手とセックスするなんて、恋人として最低の部類に入る男だろう。暴力をふるわないだけ、まだマシだと思うほかない。
 とっくに胸は痛まなくなっていた。憤りもない。あるのは虚しさや、自身への苛立ちだ。
(ていうか、浮気……じゃないのかも)
 本当に自分がまだ恋人なのか、それすら定かではない。湊都などただの隣人で、恭司自身はフリーのつもりなのかもしれない。
 そもそも湊都のなかに、恭司への恋愛感情などないのだ。かつては多少あったかもしれないが、友達の好きとの違いもよくわからないまま冷めてしまい、いまとなっては確認のしようもない。恭司にときめいた期間があまりにも短くて、どんなふうだったのか思い出せないくらいだ。
 一人の部屋でぼんやりとしているうちに、コーヒーはすっかり冷めた。先輩社員からの続報が入り、やはり倒産の道しかないらしい、と教えられた。
 ちらりと就職情報誌に目をやったが手に取ることはしなかった。精神的にいろいろと疲れてしまい、これからのことを考える気にもなれない。
 無性に誰かと話したくなった。だが家族がいる国はいまごろ真夜中で、とても電話などはできない。
 そう思いながらも、指先はすでに動いていた。表示されたのは達祐の名前だ。彼からは、何時でも何曜日でも連絡してくれていい、と言われている。出られない状況のときは出ないだけだから、遠慮することはないと。
 実際、彼の仕事は不規則らしく、日曜でも夜でも、仕事があるときはあるのだ。
 ボタンを押してコールを聞いていると、四つ目の途中で回線が繋がった。
『どうした、湊都』
 低く、そしてどこか甘い声が聞こえてきた。出会った頃から尾崎達祐という男はそうだったが、誰にでも向けられるものでないことは知っていた。
「あ……えっと、メールありがとうございました。いま、大丈夫ですか?」
『おう。ああ、せっかくだから直接言っとくか。誕生日おめでとう』
「……はい。ありがとうございます」
 自然と笑みがこぼれ、無意識のうちにこわばっていたらしい身体から力が抜けた。
『おい……なにがあった。様子が変だぞ。だいたい、なんでこんな時間にかけてきた? 具合でも悪いのか?』
 会社を休んでいるとでも思ったのか、達祐は気遣わしげな調子になった。すぐに気付いてくれたことが嬉しかった。
「具合は悪くないです。けど、会社が倒産するみたいで……」
『はっ? ちょっ……待て、どういうことだ』
 求められるままに、現段階でわかっていることを説明した。いくつか質問を交えつつ聞いていた達祐は、やがて大きな溜め息をついた。
『確かに計画的って感じがするな。で、あとはなにがあった?』
「え?」
『あったんだろ。ほら、言ってみろ』
「な……なんで……」
 電話越しで、まだ少ししか話していないというのに、どうして達祐は気付いたのだろう。いつもの様子と違うとはいえ、理由としては「勤め先がなくなった」で充分のはずだ。
『会社のことだけだったら、もうちょっとテンションが違うと思うんだよな。おまえ、案外そういうとこ暢気だろ』
「…………」
『当たりか』
「なんか……びっくりして、少しモヤモヤが飛んだ気がする……」
 達祐の鋭さに感心するとともに、気にかけてもらえることに喜びを感じた。自分に無関心な恋人に会った直後だから余計にそう思えた。