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「蜜夜の忠誠」高原いちか (ill:高座朗)

あらすじ
サン=イスマエル公国の君主・フローランは、臣下であり異母兄でもあるガスパールから、許されない想いを告げられてしまい…。

本文より抜粋

「フローラン……」
 上位者への敬愛を示す接吻に、ガスパールが狼狽したように身じろぐ。この謹厳な兄のことだ、「そなたは俺の主君なのだぞ」と叱責されるかもしれぬ、と思ったフローランは、先手を打つように、その手の甲に自らの頬を擦りつけた。
「……ッ!」
 ぴくり、と動いた太い指が、怯えたように震える。
「兄上……」
 その仕草に、フローランは胸が温かくなった。
「たとえ真実がどうあろうと、フローランはこの世の誰よりも、兄上をお慕い申し上げております……それではいけませぬか?」
 甘く柔らかな声に、ガスパールはだが、目を閉じ、何かを諦めるような吐息を漏らした。
「……そうだ、何の問題もない──庶子としての相続や、そなたの兄としての一族中の地位や──貴族としての身分に関してはな」
「兄上? …………あっ」
 体勢を崩したのは、突然、強く抱き寄せられたからだ。驚いて見上げた目の前に、兄の顔が迫る。
「……っ? ん、ん、……?」
 兄の接吻は、広間での臣従礼の時と同じほど──いや、はるかに深く熱かった。すべてを覆い尽くし、斜めに噛み合わせ、唇の門をこじ開け、中の蜜を啜られて、ぴちゃり……と水音が立つ。
「ん……ん……」
 あまりのことに、フローランは茫然とするばかりだ。自分が接吻されている、とろくに意識もせぬうちに、兄の膝の上に引きずり上げられる。
 ようやく唇が離された時には、フローランは初夜の床に横たえられる花嫁のように、その鉄腕に身を委ね、仰のかされていた。
 男の無骨な指が、愛しさそのものの仕草で、フローランの髪を梳き、絡め取る。
「美しい──」
 混乱のめまいの中に聞こえてくる、惑溺の声。
「まるで蜜の滝のようだ。蝋燭一本の光にすら、これほど燦然と輝いて……」
「あ……あに、うえ……?」
「フローラン……俺は……」
 顔の上の兄の目いっぱいに、涙が浮いている。
「俺は、そなたが欲しい──。そなたと、血の縁ではなく、この肉でもって結ばれたいのだ。そなたの肉の狭間に分け入り、己れの精を孕ませたいのだ──」
「────ッ…………!」
 身も蓋もなく露骨な吐露に、フローランは凍りつく。
 それは、様々な男──たとえば従兄のウスターシュ──の口から、幾度も聞かされた言葉だった。そなたをものにしたい。そなたを抱きたい。寝台を共にしたい──。その度に身が総毛立つ思いをしてきたその言葉を、この兄までが口にしたのだ。
 信じたくない思いで、フローランはぶるぶると首を振る。
「兄上──!」
 だが、フローランが「そのような戯言、信じませぬ」と口走るその前に、「いっそ……!」と、男らしく厚い唇が喚く。
「いっそはっきりと、確かにそなたの兄であるとわかっていれば、俺とてこんな気持ちは抱かなかった! はっきりと、そなたの兄ではないとわかっていれば、堂々と、そなたを求められた!」
「兄上っ?」
「ところがどうだ。父上も母もこの世にない今、もはや真実を確かめるすべはない。そなたを欲しくてたまらぬこの気持ちが邪恋か否かすら、確かめることはもう、未来永劫できぬ……! できぬのだ……!」
 兄の硬い手が、震えながらフローランの頬を撫でる。愛しげに、それでいてどこか、兇暴なほどの渇望を感じさ せる仕草に、背筋に冷たいものが走った。兄の理性は今、半ば水に沈みかけた薄氷の上に乗っているのだ……。