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「今宵スイートルームで」火崎勇(ill:亜樹良のりかず)

あらすじ
ラグジュアリーホテル『アステロイド』のバトラーである浮島は、スイートルームに一週間宿泊する客・岩永から専属バトラーに指名される。岩永はホテルで精力的に仕事をこなしながらも、毎日入れ替わりでセックスの相手を呼んでいた。そのうち浮島にもちょっかいをかけてくるようになる。そんな折、岩永が体調を崩し寝込んだことをきっかけに二人の関係は徐々に近づいていき…?

本文より抜粋

「中村だ。中村邦雄」
 言われてすぐに四角い頑固そうな顔の中年の紳士が思い浮かんだ。
「アメリカ在住のドクターでいらっしゃいますか?」
 確信はあったが、疑問形で訊く。同姓同名ということもあるので。
「ほう、よく覚えてるな」
「日本はお久しぶりだということで、色々お尋ねになられておいででしたので」
「浮島、と言ったな。お前から見て彼はどんな男だった?」
「大変ご立派な方かと」
「今のは失敗だな。客商売の人間に人物評を訊いても正しい答えが返ってくるわけがなかった」
 彼は身体を起こし、チョコレートを一つポイッと口に放り込むとコーヒーを口にした。と、同時に携帯の着信音が響く。
「待ってろ」
 と言い置いて、彼が上着のポケットに手を突っ込む。
「岩永だ。…ああ、それはいい。書類だけ作成しておけ。金額は間違えるなよ」
 手招きされるから、テーブルを回り彼の側へ寄る。
「そうだ、それでいい。出来てからまた連絡して来い」
 電話を切ると、彼の視線が私に戻る。
「中村の話では、望めば部屋付きを一人に絞れるそうだな」
「はい」
「ではお前一人にしよう。さっきの格好を見て驚かないところが気に入った。顔も美しいし、同好の士というのもいい」
「…同好の士とは?」
「そういうのはわかるもんだ。お前もゲイだろう?」
 にやりと笑う顔。
「何のことでしょう?」
 こちらも負けじとにっこり微笑む。
「その豪胆さがいい」
 彼は笑い、手を伸ばして私の手を握った。
 大きくて、熱い手だ。
「客の要望に応えるのが仕事なんだろう? 望んだら、どこまで相手をしてくれる?」
 誘うように、指先が絡む。
 この私を、遊び相手にしようというのか。バカにしてるな。
「少なくとも、キスの相手はお断りさせていただきます」
「そいつは残念だ」
「先ほどのお綺麗な方がいらっしゃるじゃありませんか」
「商売人だから退屈だがな。その点、お前は楽しめそうだ」
「ご冗談を」
 絡む指の感触は魅惑的だが、私はするりと外し、一歩下がって距離をとった。
「他にご用命がなければ失礼させていただきますが」
 彼は怒ることも惜しむこともなく、宙に残された自分の手を戻した。
「空気清浄器を追加で。それと延長コードを二本」
「かしこまりました」
「コンドームの用意はできるか?」
「お持ち致しましょう。お幾つ?」
「グロスで頼む。ローションもな」
「かしこまりました」
「お前が買いに行くのか?」
「はい」
「それは想像するのが楽しい光景だ。見られなかったのが残念だ」
 またにやりとからかう顔をする。
 だが、こういう他人をからかって遊ぶ客は彼が初めてではない。ホテルの従業員は自分より格下、日頃の鬱憤を晴らす相手とばかりの態度を取る者も、少なくはない。その度に怒っていてはキリがない。
「ご想像はお客様の自由ですので、どうぞお楽しみください。それでは、また後程品物をお届けに参ります。私一人をご指定でしたら、別に料金が加算されますが、よろしいでしょうか?」
「君にその価値があればな。まあ、二日ばかり頼もうか。価値がないと思えば解除しよう」
「では二日間、承ります」
 私は深く頭を下げると、彼に背を向けワゴンを押して出口に向かった。
「話し相手ならどうだ?」
 その背に、もう一度声がかかる。
「その程度でしたらお相手いたします」
「じゃあその時には頼もう」
 ドアの前でもう一度振り向くと、彼はこちらを見て軽く手を上げた。
 確かに、外見だけならば魅力的な人物だ。けれど、中身はどうだか。
「失礼いたします」
 心の中では呆れながら、礼儀正しく挨拶し、退室する。
 どうやらこの客は面倒な客になりそうだと思いながら。