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「ファーストエッグ (1)」谷崎泉(ill:麻生海)

あらすじ
風変わりな刑事ばかりが所属する、警視庁捜査一課外れの部署『五係』。中でも佐竹は、自分勝手な行動ばかりの問題刑事だ。だが、こと捜査においては抜群の捜査能力を発揮していた。そんな佐竹が抱える問題——それは、元暴力団幹部である高御堂が営む高級料亭で、彼と同棲し、身体だけの関係を続けていることだった。刑事として深く関わるべきではないと理解しつつも、佐竹はその関係を断つことが出来ない。そんな中、五係に堅物な黒岩が異動してくる。しかも黒岩は、執拗なほど佐竹に付いて回り…!?

本文より抜粋

「佐竹は三日ほど、顔見せてませんよ」
 言い訳に窮する奈良井を援護するというよりも、更に追い詰めるような事実を野尻が口にする。丹羽がひくりと顔を引きつらせるのを見て、焦った奈良井は急場しのぎで「すぐに来ます」と言ってしまった。それが口から出任せに近いというのは丹羽にも分かっており、眼鏡の奥の目を眇めて奈良井を見る。
「本当ですか?」
「あ…いえ、…いや、その……。…来たら…いいな…っていうか…」
 とても上司らしいとは言えない、奈良井のしどろもどろな発言は哀れを誘うような雰囲気があった。恐縮する奈良井を責めたところで、事態は好転しないと分かっている丹羽は、大きな溜め息を吐いて、用件を伝える。
「先ほど、電話で申し上げました通り、急ぎの案件なんです。佐竹に連絡を取って、私のところまですぐに来るよう伝えて下さい」
「ああ、はい…いえ、いや、そうしたいのは山々なんですが、佐竹くんに連絡を取るのはなかなか難しくてですね…」
「携帯に電話すればいいでしょう」
「それが…出てくれないというか…」
「………」
 困り切った顔の奈良井を、丹羽は信じられないというように凝視する。そんな二人の傍で姿勢を正したまま、立ち尽くしていた黒岩は、半ば開いたままとなっているドアの向こうに人影があるのに気がついた。丹羽が入って来た時、ドアを閉めずにいたのだが、その陰に誰かが隠れている。
「……」
 奈良井と丹羽は互いを見合ったままだし、野尻は新聞を読んでいて、栗原はパソコンに向かっているので、気づいたのは黒岩だけだった。五係に用がある人間。そして、部屋に入るかどうかを悩む人間…。その二つの条件に当てはまるのは、今、話題の中心にいる人物ではないかという予想が立てられて、黒岩は奈良井の横から一歩踏み出し、ドアノブを更に引いた。
 積み上げられた段ボール箱のせいで、ドアはそれ以上開かなかったが、相手を動揺させることは出来た。「わっ」と声が上がり、奈良井と丹羽がはっとした顔つきでドアの方を見る。
「佐竹くん?」
 驚いた表情で呼びかけた奈良井に対し、ドアの陰から現れた男は、非常に不機嫌そうな顔をしていた。逃げようとでも考えていたのか、見つかったことに対し、内心で舌打ちでもしていそうだ。
 まだ若く…二十代半ばほどに見える。癖のある髪は無造作に伸ばされており、鳥の巣みたいになって小さな頭に乗っかっている。長い前髪が目元を半分ほど隠してしまっているが、それでも瞳が大きいと分かる。全体的に小作りで、どちらかと言えば、女性らしい顔立ちだ。
 サイズが合っていないせいでだぼっとして見える灰色のスーツに、白いシャツ。ネクタイはしていない。足下はスニーカーで、それだけが男の年齢に似合っているように感じられた。
 これが「佐竹」か。黒岩が想像していたのとは全く違う人物で、驚きを隠せなかった。思わず、じっと凝視していると、佐竹が大きな瞳をぐるりと動かし、黒岩を見る。
 目が合った瞬間、佐竹はひどく厭そうに顔を顰めた。嫌悪感…というよりも、困惑の色合いが濃いその表情に、黒岩は戸惑いを覚える。佐竹とは初対面で、そこまで感情を露わにした反応を見せられる覚えはなかった。自分のせいで見つかったことに腹を立てているだろうかと訝しむ黒岩をよそに、佐竹は大きな目を怪訝そうに眇めたまま、野尻の方へ向かって問いを投げかけた。
「誰?」
 佐竹が現れても自分の前に新聞を広げたままの野尻が、新聞越しに「新入りだ」と答える。野尻の返答を聞いた佐竹は更に顔を顰め、仏頂面となる。いかにも厭そうな雰囲気を醸し出している佐竹に、黒岩は色々と思うところはあったのだが、自分の立場…異動して来た初日である…を考慮し、全てを呑み込んで自ら挨拶した。
「…黒岩です。よろしくお願いします」
 丁寧に一礼した黒岩を、佐竹は一瞥しただけで何も言わずに室内へ足を踏み入れた。栗原にも挨拶出来なかったが、それとは少し違った無視のされ方に、黒岩は内心苛つきを覚えた。自分より年下であっても、階級が下であっても、五係においては先輩だ。礼を欠いてはいけないという思いで自分の方から挨拶したのに、その態度は何だという腹立ちを込めて佐竹を見ていると、彼は黒岩だけでなく、奈良井と丹羽もスルーし、壁際に置かれているソファへ向かった。それにごろんと横になり、懐からスマホを取り出す。
 上司二人の前で寝転び、スマホを弄り始める佐竹に、黒岩は衝撃を受けた。話を聞く限りでは、かなり自由な人物だと考えてはいたし、自分への対応からもかなり癖があると感じたが、ここまでとは。佐竹と初対面である黒岩は驚愕していたが、他の面々は既に慣れているようで、横着な態度を気に留める様子はない。