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「美少年の事情」佐倉朱里(ill:やまがたさとみ)

あらすじ
くたびれた中年サラリーマンの佐賀は、ある日、犬を助けようと川に入ったところを流されてしまう。意識を失った佐賀が目覚めると、異世界にトリップしてしまっていた。しかも不思議なことに、自分の姿がキラキラした美少年に! ヨーロッパのような雰囲気が漂う異世界で、佐賀を助けてくれたという貴族の青年・サフィルと一緒に生活することになるが、今の美少年の見た目に反し、いちいちやることがオッサンくさい佐賀。しかし、いつしかサフィルが佐賀に惹かれ始め…?

本文より抜粋

 サフィルはあきれたような顔をしながらも、根気よくゆっくりとした発音で答えてくれた。
「ファルシスの、ペルセだ」
「その、ファルシスって、なに?」
「国の名だ」
「ペ…ペルセ、てのは?」
「都市の名だ」
 つまり、ファルシス国ペルセ市、ということなのだろう。ロシアでも韓国でも中国でも、フィリピンでもインドネシアでもなかったわけだ。
 しかし、それがわかったところで、依然として、つまりそれがどこかということの解答にはならないのだ。
「ちょっと待ってよ、それってほんと? いったいどういうこと? 僕はどうしたらいいんだろう!?」
 次第に不安がふくれあがって、だんだん声が大きくなる。
「おい──」
 たじろぐサフィルの手をつかみ、ひたと見つめた。
「か…、帰れる、よね?」
「帰れる……?」
「え、いやいや、そこで何で首をかしげるかなあ! 帰れるよね!?」
「待て、落ち着け」
「帰れるよね!」
 帰れる、と、それ以外の答えは認めん、という勢いで問いつめると、サフィルは眉を寄せた。
「……記録を読み返してみる」
「ありがとう! よろしく頼むよ!」
「だから手を放せ……っ」
「ああ、ごめん」
 よほどきつくつかんでしまっていたのか、サフィルは、ようやく自由を取り戻した我が手をさすっている。
 佐賀はためいきをついた。
「まいったなあ……僕は子犬を助けようとして川に落ちただけなんだよ。どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
 ベッドの上で膝を抱え、そこに顔を押しつける。夢なら覚めてくれればいいのに、と頬をつねったりしても、痛いだけで目は覚めそうにない。
 サフィルが小さく息をつく気配があった。
「おまえの名は?」
「僕? 僕は佐賀太一郎……」
 訊ねられるままに答えて、少々ひっかかるものを感じて、顔を上げる。
「ねえ、きみ、そりゃ僕はきみに助けてもらったのかもしれないけど、それにしたっていきなりおまえ呼ばわりはないと思うよ」
 サフィルはきょとんとした。
「なぜだ?」
「なぜって、年上に対する一応の礼儀ってもんがあるだろう?」
「年上?」
 ますますわけがわからないという顔つきをされて、佐賀も不安になった。
 そうだ、ここは自分の知るどんな国とも違うのだ。もしかしたら、目上の人間に対する礼儀などというものも、こちらの常識が通じないのかしれない。たとえば──たとえば、年齢の上下にかかわらず、人はみな平等、とか。彼らの言語そのものに、丁寧語に類するものがないとか。
 サフィルは怪訝そうな表情で訊き返してきた。
「自分がどれほど年上だと思っているのだ? いくつも違わないだろう?」
 佐賀はあきれた。いくら日本人が若く見えるからといって、自分が、このきらきらした王子さまといくつも違わないように見えるはずがない。
「そんなわけないじゃないか。きみはいくつ?」
「二十歳だ」
 佐賀は思わず大声になった。
「きみが二十歳なら、僕の半分もいってないじゃないか! 言っとくけど、僕は先月いよいよ五十になったんだよ!?」
 サフィルは驚いたようだ。こちらも大声になった。
「そんなはずがないだろう、その顔で!」
「どんな顔だって!? 悪かったね、きみみたいにハンサムじゃなくて!」
 すると、視界の片隅にじっと、置物のように控えていた女性が、静かに鏡を持ってきた。
 サフィルがそれを黙って佐賀に突き出した。
 佐賀はそれをのぞきこみ、目を疑った。
「誰だよ、これ!!」
 鏡の中からは、栗色の髪をした、涼やかな目元の、甘く端整な顔立ちの──そう、サフィルと同じくらいハンサムだと評していいだろう──若者が、驚きの表情で佐賀を見返しているのだった。