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「月蝶の住まう楽園」朝霞月子(ill:古澤エノ)

あらすじ
憧れの「イル・ファラーサ」という手紙を届ける仕事に就いたハーニャは、素直な性格を生かし、赴任先のリュリュージュ島で仕事に追われながらも充実した日々を送っていた。ある日配達に赴いた貴族の別荘で、無愛想な庭師・ジョージィと出会うハーニャ。手紙をなかなか受け取ってくれなかったりと冷たくあしらわれるが、何度も配達に訪れるうち、無愛想さの中に時折覗く優しさに気付き、次第にジョージィを意識するようになっていった。そんな中、配達途中の大雨でずぶ濡れになったハーニャは熱を出し、ジョージィの前で倒れてしまい…!?

本文より抜粋

 最初に手紙を届けて三日後にはまた別の手紙が届けられ、以降、あまり日を置くことなく手紙が届く度に、ハーニャは別荘へと足を運んだ。
 二度目の配達の時に家令は在宅だったが、門の前でばったりと会った庭師に、
「またか……」
 うんざり顔で言われ、歓迎されないことに寂しさを覚えたものだ。しかし、
「ジョージィさん、こんにちは」
 いつも無愛想な男にも、何回も通って顔を合わせる間に慣れてしまった。
「実は僕の従兄がちょっとジョージィさんに似てて。だから意地悪や素っ気ない態度にも耐性がついているのかもしれません」
 説明すれば家令には笑われたが、それくらい気楽な話が出来る相手になったというのは大きい。最近では手紙を届けることよりも、彼等と庭先で交わす会話を楽しみに通っている節がある。
「なるほど。でもジョージィと似た従兄というのも強烈ではありますね」
「小さい頃はよく苛められていました。それでも一番懐いていたのがその従兄なんです」
「可愛さ余ってというのもありますから、愛情の裏返しだと無意識に気づいていたのかもしれませんね。ということは、ハーニャさんはジョージィを嫌ってるというわけでもないんですね」
「僕、あまり気を遣うとかそういうのが出来なくて、だからジョージィさんみたいに、はっきり言ってくれてわかりやすい人は好きなんです」  至極真面目に言うハーニャに、ボイドは膝を叩いて笑った。
「わかりやすい! なるほど、それは確かにそうですね。気を遣うとか考えもしませんからね、あの男は。それで後から墓穴を掘ったことに気づくんです。ああ、なんだかすごく納得しました」
 笑い上戸というわけでもなさそうなのに家令は、目尻に涙まで浮かべていた。反対に、座る二人から少し離れた場所で苗の選別をしている男は、文句こそ言わないが不機嫌そうだ。
 そんな男に、
「不器用なだけなんですよ、きっと」
 ハーニャは笑いながら手を振り、手入れの行き届いている庭を眺め回した。
「ジョージィさんと言えば、この庭は全部ジョージィさんが手入れをしてるんですか?」
 菜園以外にも、赤や黄色など色鮮やかに季節の花が咲き誇る花壇や植え込みがあるが、男が手入れをしているのを見たことがない。
「いえいえ、まさかそんなことは。庭と言っても本邸と違って大したものはありませんし、苗も他の農家が育てたものを譲って貰って植え替えただけで、庭師としてはまだまだ半人前なんですよ。そこの苺だけは気まぐれで世話をしているようですけれど、それくらいです」
「じゃあ庭の手入れは?」
「私が時々」
「大変なんですね、家令のお仕事って。僕はまだオービス様にお会いしてませんけど、お忙しい方なんですか?」
「忙しいと言えば忙しい、のでしょうか。今は他の仕事に掛かりきりのようですが」
「精力的で勤勉な方なんですね。別荘に来てまで仕事熱心なんて」
 すごいとハーニャが褒めた途端、ボイドがぷっと吹き出し、ドスンという音がして、見ればジョージィが抱えていた肥料を足の上に落としていた。
「大丈夫ですか! ジョージィさん、足が」
 慌てて駆け寄ろうとしたハーニャだが、男は片手を上げて近寄るのを制した。
「──平気だ」
 そして肥料を抱え上げくるりと背を向けてしまう男に、ハーニャは肩を竦めた。
「もう。心配してるのに」
「大丈夫、頑丈ですから。それに」
 言ってボイドは、口を尖らせるハーニャにこっそり耳打ちした。
「あれは照れているだけで、気分を害したとかそんなわけじゃないですよ」
「本当? 嫌われてませんか? 僕」
「はい。わかりやすい男ですから、彼は。ちゃんと手紙は受け取るでしょう?」
 確かに、ジョージィに拒まれたことは一度もない。ハーニャを出迎えるのはいつだってこの無愛想な男なのだ。最初は嫌われているのかとも考えたが、それなら顔を合わさずにいれば済むこと。そうすることなくハーニャが別荘に顔を出す時刻には、いつもすぐに目に入る庭か門の側など近くにいるのだから、少なくとも嫌われているのではないだろう。そう思えば、気分も楽で、寧ろもっと仲良くなりたいと思いさえする。
「いつか、ジョージィさんも僕に笑いかけてくれるかな?」
 どこか大雑把に見える手つきで、移植ごてを使って、苗を植える男の背に向かって呟くハーニャに、ボイドは小さく微笑んだ。