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「追憶の雨」きたざわ尋子(ill:高宮東)

あらすじ
ビスクドールのような美しい容姿のレインは、長い寿命と不老の身体を持つバル・ナシュとして覚醒してから、同族の集まる島で静かに暮らしていた。そんなある日、レインのもとに新しく同族となる人物・エルナンの情報が届く。彼は、かつてレインが唯一大切にしていた少年だった。逞しく成長したエルナンは、離れていた分の想いをぶつけるようにレインを求めてきたが、その想いを受け入れられずにいて…。

本文より抜粋

英里がドアを開くと、ガタンと音を立てて一人の男が立ち上がった。
 縛れるほど長くした癖のあるダークブロンドに、鳶色の瞳。長身で均整の取れた、ステージモデルのような美男だ。
 レインは驚きに目を瞠り、声もなく立ち尽くした。
 彼が知っているのは、金髪の小さな少年だった。まだ声変わりもしていない、天使のような美少年だった。
 なのに目の前にいるのは、男の色気を垂れ流す大人の男だ。髪の色は確実に子供時代より濃くなり、身長もあり得ないほど伸びた。面差しもずいぶんと変わっている。
 同じなのは目の色と、左目の下の泣きぼくろだ。あれがなかったら別人を疑ったかもしれない。
「レイン……!」
 カイルを押しのけるようにしてエルナンが近づいてくる。視線はまっすぐに、ただレインにだけ向けられていた。
 名を呼ぶ間もなく、力強く抱きしめられた。
 かつてはレインが腕に包んでいたというのに、いまや立場は逆だ。すっぽりと腕のなかに収まってしまった。
 自分よりはるかに大柄な男に、身じろぎもできないほど強く抱きしめられたら、恐怖と嫌悪でパニックになっているはずだった。あるいは抱きしめられる前に、相手を倒しているか──。
 だがどちらの状態にもならず、レインはされるまま、男の腕のなかにいた。
 知らない姿の男、声も匂いも、覚えがない。けれどもレインの心が、彼を知っていた。
「レイン、レイン……」
「エル……ナン」
 掠れた声で名を呼ぶと、いきなり唇を塞がれた。すぐに舌を入れられ、貪るように口腔が蹂躙されていく。
 ムードもなにもあったものではないが、そもそも求めていないからどうでもいい。キス自体、望んでいなかった。
「ん、ぅ……」
 しゃべろうとしても、もがこうとしても、すべての抵抗が封じられた。反撃はできるはずなのに、なぜかぬるい抵抗しかできずにいる。
 情熱的なキスがひどく気持ちいい。乱暴なのに不思議と優しくて、なによりも甘い。思考がとろりと溶け出すのはあっという間だった。
 室内の空気は微妙なものになっていた。キスしている二人と、ほかの四人の温度差が激しいのだ。
 英里は逃げるようにしてカイルのもとへ身を寄せていて、困惑した様子で再会した二人をちらりと見ては、カイルになにかを訴えるような目をしていた。
 そのカイルを始め、クラウスもラーシュも、とりあえずは静観だ。驚愕と感心を込めた、生温かなまなざしだ。なにしろ二人がどういった関係なのか、本当のところを誰も知らないからだ。野暮なことはしたくないというわけだった。
 いつまでたってもレインが解放されることはなく、見守る四人が顔を見あわせ始めた頃、エルナンの手が服の裾から入ってきた。
「んんっ……!?」
 いつの間にか閉じていた目を見開き、慌ててエルナンを押し返そうとした。だがたくましい身体はびくともしない。それどころか壁に押しつけられ、ずるずると床まで腰を落とされて、身体をまさぐる手も無遠慮になってくる。
「そこまでにしてもらおう」
「公衆の面前で押し倒すなんて僕でもやらないよ」
「落ち着け」
 三人がかりで止めにかかると、エルナンははっと我に返り、気まずそうな顔をした。だが後悔というほどではなく、キスと愛撫は止まったものの、一向にレインを離そうとはしなかった。
 目を潤ませたレインを、食い入るように見つめるばかりだ。
「可愛い……」
「わかった、わかったから、おとなしく戻れ。いくらでも時間はあるんだぞ」
 一番力が強いカイルに引きはがされ、ようやくエルナンはレインを離した。未練たっぷりに、大きな手で頬を撫で、目元をぬぐっていくのは忘れなかったが。
「すまなかった。大丈夫だったか? 俺が怖くないか?」
「大、丈夫……」
 そう、不思議と恐怖感はなかった。いきなりキスされて、身体をまさぐられたにもかかわらず。