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「罪人たちの恋」火崎 勇(ill:こあき)

あらすじ
――あなたがいなくなるのなら、何もかも壊してしまいたい――
 母子家庭の信田は、事故で突然母を亡くしてしまう。葬儀の場に父の遣いが現れ、信田はヤクザの組長だった父に引き取られることに。ほとんど顔を合わせることのない父の代わりに、波瀬という組の男に面倒を見られる日々を送ることになった信田。共に過ごすうち、次第に惹かれ合うようになる二人。しかし父が何者かに殺害され、信田は波瀬が犯人だと教えられる。そのまま彼は信田の前から消えてしまい――。

本文より抜粋

「俺が嫌いなの? 俺じゃダメなの?」
「お前は誤解してるだけだ。ただ側にいてくれる大人が恋しいだけだ」
「それなら大滝にだって恋をしなくちゃならないじゃないか。俺は波瀬だけがいいんだ」
 言い負かされてはいけない。
 ここで引いたら終わりだ。
「俺なんか、いいとこの一つもねぇ…」
「いいところが好きになったんじゃない。波瀬なんて、無愛想で、口が重くて、怖くて…。でも、好きなんだ、優しいと思ったんだ、側にいて欲しいって思ったんだ」
「…お前は親父の息子だ、手は出せない」
 やっぱり波瀬の拒絶の理由はそこなんだね。
 俺にはどうにもならない理由なんだ。
「俺がどんなに波瀬を好きでも?」
「お前はもっと可愛い女でも相手にしろ」
「俺は波瀬が好きなのに、波瀬は他の人と寝ろって言うんだね? それが答えなんだね?」
 返事はなかった。
 乱暴にではなく、ゆっくりと、指の一本一本を剥がすように、彼が俺の手を解く。
「…わかったよ。じゃあいい」
 俺は自分から波瀬を掴んでいた手を離した。
 そんなにあからさまにほっとしたような顔をするな。悲しくて、悔しくて、涙が出る。
「景一」
 脱ぎ捨てた上着を拾い立ち上がる。
「どこへ行く」
「誰かと寝て来る」
「景一」
「波瀬が言ったんだ。他のヤツと寝ろって。だからどこの誰とも知らない男と寝てくる」
「そんなことは言ってねぇだろう」
 今度は波瀬が俺の腕を掴んだ。
「女と寝ろと言ったんだ」
「誰を選ぼうと一緒だよ。波瀬じゃないなら。でもせめて男だったら、目を閉じて波瀬だと思うことができる」
「バカなことを言ってんじゃねえ」
「バカ? どこが? あんたが好きだってことが?」
「見ず知らずの男に抱かれるなんて言い出すことがだ」
「どうだっていいじゃないか。俺が望むことなんだから、波瀬には関係ない」
「景一!」
 頬が鳴って、痛みに頭がクラクラした。
 平手で殴られたのだというのは、目眩に座り込んでから気が付いた。
「あ…、スマン」
 今、一番自分が嫌いだ。
「お前があんまりバカなことを言うから…」
 世界中で一番自分が嫌いだ。
 波瀬が、唯一手を出さない立場にいる自分が。
 みっともなく愛を乞い、それでも何も得られなくて。逃げ出すことも許されずに叩かれて、悔しくて悲しくて、醜くなってゆく自分が。
「…俺の気持ちは踏みにじるのに、心配だけしないで」
 差し出された波瀬の手を払いのける。
「殴られるより、他の男に抱かれるより、波瀬に自分が好きじゃないという理由じゃなく拒まれることの方が辛いってわからないくせに、そんな顔しないで!」
「景一」
「俺が簡単に『好きだ』って言ったと思ってるんだろう? もう二度と波瀬が自分に近づいてくれないかも知れないって、ずっと怖くて言い出せなかったことも知らないで…。それとも子供だと思って信じてないの? 男同士でセックスすることだって知ってるのに?」
「そういう問題じゃない」
「…そうだね。波瀬の問題は父さんのことだけだものね。俺なんかどうでもいいんだ」
「そうは言ってない」
「同じことだよ。もういい…」
 ふらふらする足取りで、俺はもう一度立ち上がった。
「出掛けてくる」
「止めろと言ってるだろう」
「どうして? 俺が自分の望むことをするだけだ、犯罪をしに行くわけじゃない。二十歳にもなれば男としての性欲だってある。それを満足させに行くことをどうして止めるの? 俺が誰に何をされても、波瀬には関係ないでしょう?」
 こんな時なのに、俺は笑った。
 惨めで、本当に自分が愚かだと思って。
「誰かに突っ込まれて自分がバカだったって思ったら帰ってくるよ。波瀬のことも忘れる」
「景一」
 もう一度手が伸び、今度は波瀬が俺を捕らえた。
「離して!」
「お前は誤解してる」
 揉み合っているうちに俺の足が持ち帰った皆からのプレゼントの入った袋を蹴り倒す。
「誤解でも何でも関係ない。答えは出たんだから。波瀬は俺を…」
 喚く俺の唇を、波瀬の唇が塞ぐ。
 合わさっただけでなく、舌を差し込まれ、乱暴に貪られる。
 舌がからまって、吸われて、それでもまだ離れてくれなくて、こめかみの辺りがズキズキした。
「女も知らねぇ童貞で、何が他の男に抱かれてくるだ。ケツに突っ込まれて悦くなるとでも思ってんのか」
 いつもと違う彼の顔。
 ギラギラとして、ヤクザそのものの鋭い目付き。
「俺が優しいとか夢みてぇなこと言ってんじゃねぇよ。どれだけてめぇを抑えてるか、ガキにはわかんねぇだろう」
 髪を掴まれ、乱暴に顔を上げさせられる。
「逃がしてやってるうちに逃げりゃあよかったんだ」
「…波瀬」
「泣いて喚いても、誘ったのはお前だ」
「ん…」
 波瀬は再び俺の唇を奪った。
 激しく、乱暴に。
 だが俺は泣きも喚きもしなかった。
 自分の知らない彼の一面を見ても、嬉しいと思うだけだった。
 それほど、俺は波瀬に溺れていた。