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「天使強奪」六青みつみ(ill:青井秋)

あらすじ
身体および忍耐力は抜群だが、人と争うことが苦手なクライスは、王室警護士になり穏やかな毎日を送っていた。そんなある日、王家の一員が悪魔に憑依されたという噂が流れ、凄腕のエクソシスト『エリファス・レヴィ』がやってくる。クライスはひと目見た瞬間から彼に心を奪われるが、高嶺の花だとあきらめる。しかし、自分でも気付かなかった『守護者』の能力を買われて彼の警護役に抜擢されることに。寝起きをともにする日々に、エリファスへの気持ちが高まってゆき…。

本文より抜粋

「エリファス」
「んー」
「そんなとこで寝たら溺れますよ」
「――…溺れる前に、おまえが…助けてくれんだろ?」
 半分眠りかけた状態ながら、無条件の信頼を向けられた気がして嬉しくなる。
「はい。抱き上げますから、首に手をまわしてつかまってください」
「ん…」
 何やら少し甘えた口調に聞こえて、胸の奥にこそばゆさに似た温かさが広がった。
 互いに一糸まとわぬ姿で肌を触れ合わせている状況について、よからぬ何かが生まれかけたが、任務中だと言い聞かせて即座に意識を逸らす。下半身に集まりかけた熱を散らすためには、故郷の家を出たときのやるせない気持ちを思い出すのが一番だ。
 雄の本能が降伏したところで、脱衣所にエリファスを立たせて手早く水気を拭き取り服を着せ、自分も服を着ると部屋にもどった。エリファスはすぐに寝室へ行き、巣に入る胴長鼠のように寝台にもぐり込んでしまった。
「髪が湿ったまま眠ったら明日の朝、鳥の巣みたいになってしまいますよ」
「いい。どうせ……」
 むにゃむにゃと消えかけた言葉は、どうやら「どうせクライスが梳かすんだから」という意味だったようだ。思わず笑って肩をすくめるしかない。
 ――やれやれ。そして今夜も、俺は床で寝るのか。
 昨日のうちに野営用の厚敷物は用意してあるが、エリファスが帰国までこの部屋に滞在するつもりなら、寝台をもうひとつ運び入れるべきか。さほど広くない寝室に寝台がふたつ。足の踏み場がなくなることは確実だ。
 想像して小さく笑いながら、居間にある書き机の引き出しを開けて記録紙を取り出し、今日の分の報告書を書いていると、寝室から自分を呼ぶ声が聞こえた。何かあったのだろうか。
「クライス」
「どうしました?」
 急いで立ち上がって開け放しの扉から寝室をのぞくと、エリファスは眠そうに目をこすりながら、
「ここに来い」
 手招きして、自分のとなりを指し示した。
「――…添い寝ですか?」
 無様に高鳴りかけた心臓を誤魔化すために茶化してみる。当然否定するだろうと思ったのに、エリファスは「そうだ」と尊大にうなずいた。
「ふたりで眠るには、狭いですよ」
「いいから、早く。オレは眠いんだ」
 犬でも呼ぶように「ここだ」とポンポン布団を叩かれて、苦笑しながら近づいてエリファスのとなりに身を滑りこませる。寝台はひとり用なので、ぴたりと身を寄せ合わないと落ちてしまう。上掛けを引き上げるため腕を上げた脇の下に抱きつかれ、胸に顔を埋められて心臓が止まるかと思った。
「エリ…」
 誘っているのか、抱いて欲しいのか。――まさか、そんなはずはない。
 とっさにそっち方面に考えが飛んだのは、自分がそれを望んでいるからか。今朝、起き抜けに胸を見たときから、ずっと考えることをあとまわしにしてきた感情の正体に、ようやく思い至る。
 ――俺はいつから同性も守備範囲になったんだ…。
 一昨日まで恋愛や結婚や情交は女性とするものだと、疑うことなく生きてきた。当たり前のことすぎて意識することもなく。れが昨日エリファスを見た瞬間から崩れ去り、知らないうちに新しい世界に足を踏み入れていたらしい。
 エリファスの側にいるともっと触れたいと思うし、彼の関心を惹きたいと思う。笑顔を向けられるとそれだけで心が浮き立つのに、向こうから抱きつかれて気持ちがさらに舞い上がる。
 ヴァレンテの秘宝、凄腕の悪魔祓い師、クリストゥス教の大司教。性的な事柄から最もかけはなれた存在のはずなのに、なんて積極的なんだ。誘われたからといって手を出したりしたら国際問題にならないか? いやそれよりも就寝時間も任務中に変わりはない。仕事中、しかも警護対象に手を出すのはまずい。だめだ。
 一瞬の間にそれだけの考えが駆けめぐる。そして次の瞬間には、自分に抱きついたエリファスが、深く安らかな寝息を立てはじめたことに気づいて、思いっきり脱力した。