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「竜王の后」剛しいら(ill:香咲)

あらすじ
皇帝を阻む唯一の存在・竜王が妻を娶り、その力を覚醒させる――。予言を恐れた皇帝によって、村は次々と焼き払われた。そんな村跡で動物と心を通わせられる穏やかな青年・シンは、一人の精悍な男を助ける。男は言葉も記憶も全て失っており、日常生活すら一人では覚束ない様子だった。シンは彼をリュウと名付け、共に暮らし始めたが、ある夜、普段の愚鈍な姿からは思いもよらない威圧的な態度のリュウに、自分は竜王だと言われ、無理やり体を開かれて――!?

本文より抜粋

 青い髪をした、女にも男にも見える美しいものがいる。それが男に、いい香りのする息を吹きかけていた。
 まるで命を与えているみたいだ。そんなことをうつらうつらしながらも思っていたら、いきなり男が起き上がった。
 これは夢ではなかった。はっきりとした動きが感じられる。
 シンはそっと男の体に触れ、優しく語りかけた。
「驚かないで。河原に倒れていたのを、ここまで連れてきたんだ」
「……」
 男は不思議そうにシンを見つめると、同じようにシンに触れてくる。
「言葉、通じないのかな? どこの国の人? おれは、ここの村から出たことがないから、よその国のことをあまりよく知らないんだ」
「……」
 男は何も答えず、シンの顔や髪にも触れ始めた。
「おれはシン。村では羊番だった。その村も、昨日、なくなっちゃったけどね。あんたの名前は?」
「……」
「名前。名前だよ。口が利けないのかな。だったら、字は書ける? おれも少しは読み書きができるよ」
 シンは自分を手で示し、何度もシンと呟いた。けれど男が自ら名乗ることはなく、まるで幼児のように無心な様子でシンに触れているばかりだった。
「しょうがないな。じゃ、勝手に名前を付けるよ。あんなとこに、竜みたいなおかしな彫り物があったから、その、リュウにしておこう。あんたはリュウ、おれはシン。いいか、シン、そしてリュウだ」
「シン……リュウ」
「そうだよ。喋れるじゃないか。シン、そしてリュウだ」
 男、リュウが話せたのは嬉しかったが、とても知的な会話ができる雰囲気ではない。どうやら頭の傷が、リュウから知性を奪ってしまったようだ。
「頭に傷があったんだ」
 綺麗に拭ってやって、薬草の汁を塗った布が巻いてある。その傷口の場所にそっと触れて、シンは優しく話し掛けた。
「血が、いっぱい出たみたいだ。今は、塞がりかけてるから、触ったら駄目だよ」
「チ……」
「そう、血だ。きっと血がいっぱい出てしまったから、頭の中身も出ちゃったのかな」
 そこでリュウは何を思ったのか、シンに抱き付いてきた。それは幼児が母親に懐くような感じで、シンは途惑う。
「まさか、母親とか思ってないよね」
 鶏や家鴨の卵が孵化するとき、決して側にいてはいけない。なぜならそんなことをすると、親だと思われてずっとつけ回される。そんなことを鳥飼の男から言われたのを思い出し、シンは苦笑する。
「獣とは心を通じ合えるけど、人とはどうかな」
 シンはそこでリュウに自分の思いを伝えるように、目を閉じて意識を集中した。
「おれを怖がらなくていいよ。元気になるまで、ちゃんと面倒みるから。だから、暴れたりしないで。おれの仲間たちとも、仲良くしてくれると嬉しい」
「……んっ……んん」
 どうやら思いは通じたらしい。シンはさらにリュウを安心させるように、その体を優しく抱き締めた。
「傷が治ったら、普通に話せるようになるかな」
 リュウが最初から知的に劣っているとはとても思えない。その端正な顔立ちや、鍛え抜かれた体から、特別な男だったようにシンには思えるのだ。
 どうにか元気にさせて、知性を取り戻させるのがシンの役目だと思えてくる。
「そろそろ陽が昇る。朝餉の用意するよ。この体じゃ、たくさん食べるんだろうな? どんなもの食べてたんだろう? 米の粥のほうがいいかな。それともソバ粉を焼いたやつが好きかな」
 ずっと独りで生きてきた。話し相手はいつでも羊、そんな生活が長かったシンは、村を失くした悲しみもあれど、初めて一緒に暮らせる相手が見つかったことが、内心嬉しくてたまらなかった。
 だがリュウも、傷が治って何もかも思い出したら、自分の生地に戻っていくのだろう。そうなったらまた寂しい独り暮らしになってしまうが、今はそんな先のことまで考えたくはない。
 美しいが、まるで幼児のような男との生活に、シンは新たな楽しみを見つけたかった。