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「幼馴染み〜荊の部屋〜」沙野風結子(ill:乃一ミクロ)

あらすじ
肌冷えする梅雨のある日、母の葬儀を終えた石井舟の元に、華やかな雰囲気を纏った長身の男・能登敦朗が訪ねてくる。二人は十年振りに再会する、幼馴染みだった。十年前、地味で控えめな高校生だった舟は、自分とは対極の溌剌とした輝きを持つ敦朗に、焦がれるような想いを抱いていた。しかし、親友ですらない、ただの幼馴染みであり続けることに耐えかね、大学受験を控えたある日、舟は敦朗と決別することを選んだ。突然の来訪に戸惑い、何も変われていない自分への苛立ちを覚える舟の脳裏に、彼と重ねた、苦しくも甘美な日々の記憶が鮮明に甦り——。

本文より抜粋

 能登の眉尻がグッと上がる。攻撃的な気分になっているときの表情だ。
「いや。コンサルティングマネージメントをしてる」
「コンサルティングって、経営の相談に乗ったりする?」
「ああ。大学を出てからそっち系の会社に入って、去年独立した」
 大学という響きに後ろめたい記憶を刺激されて、舟の頬は強張る。
「起業したんだ?」
「まぁ、そうだな」
「……能登らしいな」
 いかにも能登敦朗らしい人生だ。離れていた十年間も、彼は華やかに強引に次々とハードルを乗り越えていったのだろう。
 自分と能登の距離は、開く一方だったわけだ。
 線香の煙が湿っぽい空気に沈められて、畳の目へと染みこんでいく。長い沈黙が落ちていた。
 ようやく能登が立ち上がる。玄関まで送ろうと、舟も腰を上げかけたが。
 なぜか能登が座卓を回って近づいてきた。正面から両肩を掴まれて、立ち上がるのを阻止される。
「能登?」
 高圧のエネルギーを発する長躯が、舟に覆い被さるように畳に膝をつく。
 間近に寄せられた顔はひどく不機嫌そうだ。
 大きな手が、肩から胸へと滑り落ちる。喪服のジャケットに皺を寄せながら平らな胸をまさぐる。
「……ぁ」
 身体の内側でなにかが弾けるような衝撃が起こった。とたんに十年前のことが鮮明に甦ってきた。なまなましい体感が全身に散り拡がって、舟は狼狽し、能登を押し退けようとした。
 揉みあいになったまま、能登がジャケットの前ボタンに指をかける。
「やめ、て」
 十年前と同じように掠れ声で訴える。
 そしてその時と同じように、能登はやめてくれなかった。
 ボタンが取れかかりながらホールを抜ける。仰向けに畳に押し倒され、眼鏡が外れそうになる。
 能登は腿のうえに跨ると、舟のジャケットの前を大きく左右に開いて捲った。露わになった内ポケットを探る。
「ここにはないのか」
 低い声でそう呟くと、続けてジャケットの外側のポケットもすべて検める。スマートフォンと白いハンカチ、キーケースが畳に放られた。
「アレはどうした?」
「……もう、持ってない」
「嘘つけ」
 ワイシャツの脇の下をきつく掴まれて、身体の輪郭を剥き出しにしながら脇腹へと手が伝い下りていく。
 抵抗しなければと思うのに、布一枚を隔てて感じる男の手指は昔と同じように熱くて強引で、舟の肌は粟立っていく。身体中の関節から力が失せる。
 薄いウエストをグッと絞めつけてから、スラックスの左右のポケットへと太さのある指が入りこみ、くねりだす。際どい場所を捏ねられて、腰に寒気にも似た痺れがまとわりつく。陰茎の側面を指先で掻かれると身がヒクッと震えた。
「ここにもないな」
 ポケットから指が抜けていく。
 視線が合う。
 涙袋をせり上げて甘さと毒の入り混じった表情を浮かべた男が、舟の両脇に手をついて上体を伏せる。
 能登の肉体と香りが深く迫ってきて、気持ちをねっとりと掻き混ぜられた。火照りだした頬を吐息がくすぐる。
「やっと血が通ってきたな」
 眉を歪めて、舟はきつく顔をそむけた。
 湿っぽい畳から線香の香りが漂う。
 能登が腕の突っ張りを外した。すべての体重がかかってくる。力強い手がジャケットの内側に入りこんで背中を撫でまわす。
「やめてくれ」
 荒々しい男の動きに、腰の後ろ側の筋肉がキュッと収縮して弓なりに背中が浮き上がる。大きな掌がその弧のかたちを味わいながら下っていく。
「あつろう…」
 十年分の距離を保てなくなって、下の名を口走ってしまう。
 緊張に硬く丸まっている臀部を、左右それぞれに鷲掴みにされる。ヒップポケットごと掴んだまま、能登が動きを止めた。嗤い含みの声で呟く。
「見つけた。舟の大切な──」