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「お兄さんの悩みごと」真先ゆみ(ill:三尾じゅん太)

あらすじ
美形作家という華やかな肩書きながら、趣味は弟のお弁当作りという至って平凡な性格の玲音は、親が離婚して以来、唯一の家族となった弟の綺羅を溺愛していた。そんなある日、玲音は弟にアプローチしてきている蜂谷という男の存在を知る。なんとかして蜂谷から弟を守ろうとする玲音だが、その矢先、長年の仕事仲間であった志季に、「いい加減弟離れして、俺を見ろ」と告白され…。

本文より抜粋

「おまえが作る料理は、いつもうまいな」
「……そう?」
「ああ、ほっとする」
 やんわりとした笑顔を向けられ、玲音は落ち着かない気分になって目を逸らした。
「そんなの、綺羅が作ったものかもしれないだろ」
「食べればわかる」
「褒めても……それ以上はなにも出ないよ」
 じわじわと頬が熱くなってきたのを自覚した玲音は、コーヒーを淹れるために席を立った。
「最近、あいつらはどうしてる? 元気でやってる?」
「ああ、忙しそうだが、特に変わりはない。おまえもたまには飲みの誘いを受けてやれ。会いたがってたぞ」
「外に出るのは嫌だ。オレと飲みたいなら家に来いって言っておいて。つまみくらいは用意してやるから」
「うるさい店ばかりじゃないぞ?」
「それは……わかってるけど」
 志季の言っていることは理解できるのだが、人ごみのなかに出かけると思うだけで、どうしても面倒な気持ちになる。
 去年の暮れにも、チームで催された忘年会に出席したら、同じ店に居合わせた女子大生に囲まれて辟易したのだ。モデル時代の玲音を知っていたひとりに気づかれたせいなのだが、アルコールが入った彼女たちは遠慮も容赦もなかった。言葉も通じなくなった集団とのやりとりは、いまでも軽くトラウマだ。
 そんなこともあって、近頃では仲間と会うのも、もっぱら家飲みだった。
 他のメンバーの近況や、チーム内の出来事などを訊いているうちに、気づけばいつの間にか日付が変わっていた。
「もう遅いし、泊まっていけば?」
「じゃあ、そうさせてもらうか」
「仕事部屋のベッドを使って。風呂も寝酒もお好きにどうぞ。バスタオルとおまえの服はいつものところにあるから」
 リビングのすぐ横にある玲音の仕事部屋には、仮眠用に購入したソファベッドがあり、バスルームの収納棚には、志季専用の引き出しがある。
「玲音は?」
 仕事場を占領してもかまわないのかという意味だろう。
「自分の部屋で作業するからいいよ」
 執筆に使用しているのはノートパソコンだから、なんの不都合もない。
「手間をかけて悪い」
「そんなふうに遠慮するような仲じゃないだろ。ところで明日は? 朝メシ食う時間も入れて、何時に起こせばいい?」
「いや、そこまで甘えるつもりは……」
「ひとり分増えたところで手間は同じなの。いいから何時か言え」
「じゃあ……六時に」
「六時だな、わかった」
 背中を押してバスルームに送った志季が戻って来る前に、ソファベッドに新しいシーツをかけ、毛布と枕も用意しておく。
 仕事机から必要なものを抱えて、自室である玄関わきの部屋へ移動した。
 気分はずっとそわそわしているが、締め切りの迫った仕事がある。
 フロアテーブルにパソコンを置いて電源を入れ、気合いを入れて作業の続きを始めた。
 いつの間にか作業に集中していて、しばらくたったころ、部屋のドアが小さな音をたてた。ノックされたのだと気づいて慌てて腰を上げる。
「……はい?」
『仕事中に悪い』
 ドア越しに聞こえてきたのは志季の声だ。玲音は一瞬迷ったが、わざとドアを開けないままで対応した。
「いいけど、どうかした?」
『明日の予定が変わった。出勤前に寄るところができたから、朝メシは必要ない』
「えっ」
『声はかけずに行くから』
 そわそわとどこか浮かれた気分が急激にしぼみ、がっかりする気持ちが胸に広がる。
 朝まで仕事をして、そのまま朝食の支度をしてやって、玄関から出勤を見送る。そんな予定が実は楽しみだったのだと自覚して、玲音はかっと頬を赤らめた。
 まるで乙女のような自分の反応が恥ずかしくて、せめて志季には気づかれないように、なんでもない素振りで答えるのが精一杯だった。
「……わかった」
『玲音』
「……なに? 書類のサインになにか不備でもあった?」
『いや……夜型になるのは仕方がないが、無理はするなよ』