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「ネコミミ王子」茜花らら(ill:三尾じゅん太)

あらすじ
母が亡くなり、アルバイトをしながら一人孤独に生活する千鶴の元に、ある日、存在すら知らなかった祖父の弁護士がやって来た。なんと、千鶴に数億にのぼる遺産を相続する権利があるらしい。しかし、遺産を相続するには士郎という男と一緒に暮らし、彼の面倒を見ることが条件だという。しばらく様子を見るため、祖父が住んでいた屋敷で暮らし始めた千鶴だが、カッコイイ見た目に反して、ワガママで甘えたな士郎に翻弄される毎日。しかも士郎は興奮するとネコミミとしっぽが飛び出る体質で──!?

本文より抜粋

 光の差し込む窓に背を向けた士郎の顔は、逆光になって暗い。それなのに、眼の色だけは爛々と光っているように見える。
「キ、──キス、って……!」
 椅子から降りて、逃げ出さなきゃいけない。
 そう思うのに、包み込むように肘掛けと座面が一体化した籐の椅子からは逃げ場がない。
「逃げるなよ」
 士郎の声が、耳元で響いた。
 ざらついた、妖しげな声だ。不思議と甘くて、優しいかのように感じる。
 その唇がそのまま千鶴の耳朶にかかる髪を避け、精一杯肩を窄めて丸くなった千鶴の耳の付け根をちゅっと吸い上げた。
「……っ、」
 くすぐったいようなむず痒いような、妙な感覚が千鶴の背筋を走った。
「面倒。……みて、くれるんだろう?」
 士郎の手が、強張った千鶴の首の下に滑りこんできて、震える顎先をあやすように撫でる。
「ちょ……っやめて、くだ、さ……っ僕は、そういうつもり、じゃ」
 士郎を突き飛ばせば、逃げられるかもしれない。でも妙なわななきが体中を巡っていて、体が思うように動かない。
 士郎の唇は何度も千鶴の肌を啄んで、耳の付け根から頬へと近付いてきている。甘い吐息も弾んで、千鶴がしゃくりあげた息に交じる。
「震えてるな。そんなに怖がらなくていい。……気持よくしてやるから」
 指先が千鶴の首から、鎖骨へと流れるように滑りこんでくる。ともすればそのままシャツの中に入ってきそうで、千鶴はきつく膝を抱き寄せた。
 こんなの、絶対に駄目だ。
 駄目だと思うのに、不思議と嫌悪感がわいてこない。それどころか、妙に下肢からこみ上げてくるものがある。士郎の唇が、優しすぎるせいかもしれない。
「気持よく、って……!」
 そんなこと望んでませんから、と言い返そうとした唇に、士郎の唇が触れた。
「ん、──……っ!」
 いやいやと首を振ると掌でやんわりと肩を掴まれて、椅子の背凭れに押さえつけられる。
 ギッと籐の軋む音がした。士郎が片膝を椅子の上に乗せたのかもしれない。
 士郎は千鶴の唇の表面を二、三度撫でるように啄んだ後で、唇の感触を確かめるようにそっと吸い付いてきた。
 肩を押さえる手を振り解こうとして千鶴は士郎の腕を掴んだが、びくともしない。
 細く見えた士郎の腕は、触れてみると意外なほど筋肉質だった。
 士郎はざらついた舌を覗かせると、千鶴の唇の内側を丁寧に舐ってから、歯列の上へ走らせた。
「んっ……! ゃ、だ……っ」
 士郎はからかっているだけなのかもしれない。
 それなのに千鶴の顔には血がのぼって、頭がぼうっとしてくる。
 士郎が唾液を啜る音をちゅっちゅと響かせながら千鶴の歯列を割ろうとすると、食いしばった歯が緩んでしまいそうになる。
 合わせた唇で、士郎が少し、笑ったような気がした。
「!」
 やっぱり、からかっているんだ。
 かっとなった千鶴が思いきって士郎を突き飛ばそうと、士郎の腕を離した瞬間──その手が、千鶴の胸の上へ潜り込んできた。
「ひ、ぁ……っん!」
 士郎の指先が胸の上を撫でたかと思うと、全身に甘い痺れが走って、体がビクビクっと震えた。と同時に、自分でもびっくりするようなうわずった声が漏れた。
「!」
 驚いたのは千鶴だけじゃなかったようだ。
 ただ千鶴をからかっただけの士郎も、その声に弾かれたようにバッと顔を引いた。
 唾液が糸を引いて、唇が離れる。
 千鶴はまるで女の子みたいな声をあげてしまった自分の唇を慌てて掌で押さえて──体を離した士郎を見た。
「────……、」
 そして、言葉を失った。
 士郎もまた、濡れた唇を手の甲で隠していた。自分で仕掛けたことのくせに、白く透き通った肌が上気している。
 しかし、千鶴には士郎の表情を観察している余裕はなかった。
「──……士郎さん、それ……なんですか?」
 自分の濡れた唇を覆っていたのも忘れて、おそるおそる、士郎の頭上を指さす。
 濡れたような黒髪の士郎の頭上には、真っ白な、猫耳が生えていた。