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「蝕みの月」高原いちか(ill:小山田あみ)

あらすじ
画商を営む汐月家三兄弟——京、三輪、梓馬。三人の関係は四年前、目の病にかかり自暴自棄になった次男の三輪を三男の梓馬が抱いたことで、大きく変わりはじめた。養子で血の繋がらない梓馬だけでなく、二人の関係を知った長男の京までもが、実の兄弟であるにもかかわらず三輪を求めてきたのだ。幼い頃から三輪だけを想ってくれた梓馬のまっすぐな気持ちを嬉しく思いながら、兄に逆らうことはできず身体を開かれる三輪。実の兄からの執着と、義理の弟からの愛情に翻弄される先に待つものは——。

本文より抜粋

「兄……さん?」
 ぞくりと走る、妖しい感触。
「いきなり何? 兄さんのものになるって、どういうこと?」
 網膜を病んだ目にはぼんやりとしか映らない兄の様子に、それでも何か異様な気配を感じ、三輪はベッドの上で腰をずらして身を引いた。その瞬間、すかさず、逃がさないとばかり、京の手が後頭部に回り込んでくる。
「────ン……!」
 口を塞がれる。
 ぬるりと、唇の狭間から忍び入る濡れた柔らかいもの。
(え──?)
 キスだ。これはキスだ。兄が自分に、キスをしている──。
 京と三輪が生まれた汐月家は、銀座に大正創業の画廊を構える資産家で、そこそこ優雅な生活を営んできた家系だが、家族同士でキスを交わすような欧米風の生活習慣は持っていない。ましてや兄が仕掛けてきたこれは、明らかに性的なキスだ。
(梓馬が……あの子がしてきたのと同じだ……)
 舌と舌が密着した時の、ぞくりとするような性感。生々しく濡れた、熱いしなやかな感触。貪り、絡みつく動き。
『三輪、好きだ……!』
 あれは半年前の嵐の夜だった。蒸し暑く、濃い雨の匂いがたちこめ、三輪も梓馬もびしょ濡れだった。
『あず……梓馬ッ……いけない、こんな、こんなの……はッ……!』
『好きだッ!』
 梓馬は義兄である三輪に恋をしていて、それは慄くほどに熱烈なもので、キスひとつするのも懸命だった。そのあまりのがむしゃらさに、三輪は彼を──義弟を突き離せなかった。半年前のことだ。三輪は二十四歳。梓馬は二十一歳。遅い青春の過ちだった。
 これと同じものを知っている。憶えている。そう感じた瞬間、三輪の全身がびくんと反応した。
「ッ……!」
 すべての細胞が軋み痛むほどの、拒絶感。だが突き離す動きよりも先に、京は三輪を抱きすくめ、しっかりと全身で捕らえて、ベッドに押し倒し、覆いかぶさってくる。
「に、兄さ、何、やめて……」
 ぎしり……とベッドが軋む。修理の手は入れているが、四隅に支柱のついた、古めかしい装飾過剰なベッドだ。広さはあっても、男ふたりの体重を完全に支えきれるほどの強度はない。
「綺麗だ」
 三輪の体の上で、京は囁いた。
「瞳と同じ色の髪。そしてこの雪花石膏のような肌……。どんな絵画や彫刻よりも、お前は美しいよ、三輪──」
 べろりと濡れた感触が耳朶に這う。熱く滾った息遣いが耳に吹き込まれ、かし、と軟骨を噛まれて。
「いや……!」
 蟻走感に駆られ、三輪は闇雲に手を振り回して抵抗する。だがその手首はぱしりと捕らえられ、シーツに押しつけられた。
「大人しくしないか」
 そんな実弟に、少しの隙間もなく押しかぶさりながら、京は嘲るように囁いた。
「梓馬と寝たのだろう?」
「……ッ……!」
 悲鳴になる寸前の声を、三輪はかろうじて呑み込んだ。その様子を、だが京はあっさりと鼻で嗤う。
「おやおや、隠しているつもりだったのか」
「に、兄さ……」
「すぐにわかったさ。梓馬が──あれほどお前に執着していたあいつが、お前にも無断で急に家を出て行くなど、不自然すぎるからね」
 しゅっ、と音がする。京が自分の腰から、ガウンの帯を引き抜いたのだ。
「やさしいお前のことだ。梓馬から求められて、つい絆されて体を許したのだろう? 血の繋がりは薄いとはいえ、あいつが弟だということも忘れて」
 ぴしっ、としごかれた帯が鳴る。
「だったら」
 兄の声が、今まで聞いたこともない残忍な喜悦の色を帯びた。
「だったら兄であるわたしも、お前を抱いていいはずだ。そして梓馬はもういない。今夜からお前はわたしのものだよ、三輪──」