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「身代わり花嫁の誓約」神楽日夏(ill:壱也)

あらすじ
やわらかな顔立ちが印象的な大学生の珠里は、名門・鷲津家に仕える烏丸家の跡取りとして、心身ともに鍛錬に励む日々を送っていた。そんなある日、珠里は幼い頃から仕えてきた主の威仁がザーミル王国のアシュリー姫と婚約したと聞かされる。その知らせにどこか寂しさを覚えつつも、威仁の大事な婚約者を守るため、人前ではアシュリー姫の身代わりを引き受けることになった珠里。だが、身代わりのはずなのに、まるで本物の恋人のように扱ってくる威仁に次第に戸惑いを覚えはじめて…。

本文より抜粋

 ようやく化粧が終わると、アシュリー姫が差し出した衣装を着るよう強いられる。
 さっき瞳子が口にしたように、もう「こうなったらやるしかない」のだろう。
 ザーミルの女性用民族衣装は、ゆるやかな布をかぶる筒型の長衣だから、身体の線がはっきりと出ずに済むのがありがたい。
 アシュリー姫は日本人女性の平均よりも背が高いが、やはり男女の体格差はあり、なんとか着込んだ衣装の肩がきつく動きづらいのは仕方がない。その下に同色のレギンスを穿き、ブーツを履いて、ウォークインクローゼットから出てくると、長い髪の鬘をかぶせられ、装飾品で飾りつけられる。
 幾重にも重なる首飾りと耳飾りと腕輪と指輪は、いずれも本物の銀に宝石が嵌め込んであるようで、かなりの重量がある。
 珠里は生まれてこの方、化粧などしたこともなければ、アクセサリーで身を飾ったこともない。
 厚く塗られた顔は仮面をかぶっているような違和感があるし、少し動いただけでしゃらとしゃらと音を立てる飾りは、田んぼから鳥を追い払う仕掛けのようにきらきらしている。
 ──なんだろう、今の、この状態は。案山子か、クリスマスツリーか……。
 すでに疲労困憊した気持ちの珠里とは裏腹に、言葉が通じないはずの女性たちが、なぜだか意気投合した様子で目を輝かせている。
「ちょっと、いい出来じゃない! 珠里はもとがおとなしい顔立ちだから、化粧映えするわね。これなら間違いなく、ザーミルのお姫様に見えるはず」
 促されて鏡を見るが、そこに映っている姿は、もはや別人としか思えない。
「この上からベールをかぶるから、お化粧した顔も服も飾りもすべて隠してしまうけれど、油断してはだめよ。常に目を伏せていて。記者会見の場で大勢に囲まれても、日本の言葉はわからないふりをして、なにを訊かれても反応しないで、応答は全部、威仁さんにお任せするのよ」
「……ザーミルの王族であるアシュリー姫は、人前に出るには危険なお立場です。それで僕が、姫の身代わり役を務めるのですね」
 こんな姿にさせられてから確認をとるのは滑稽だったが、瞳子はまじめな表情でうなずいた。
「ええ、そうしたほうがいいというのが威仁さんの判断ですから。少しの間、我慢して」
 威仁が決めたことなら、それがなんであれ、珠里は従う。
「はい」と答えたところに、せわしいノックの音が重なった。
「支度はできたか?」
 返事も待たずに威仁が入ってくる。
 先ほどホテルに到着したときの彼は、髪型も服装もかまわない様子だったが、やはりあれは考古学者の群れにまぎれるための偽装だったのだろう。
 あれから別室でシャワーを浴びてきたのか、つやのある黒髪を後ろに撫でつけた姿は、格段に男振りがあがっている。
 もちろん、どんな格好をしていても、威仁の雄々しい体格や品のある立ち居振る舞いは、誰よりすぐれているけれど、やはり白いシャツに黒いスーツを着て、きりりとネクタイを締めると、いっそう凜々しさが際立つ。
 もしも戦国時代に生まれていたなら、武将の装いがどれほど似合っていただろうかと、大名家の血を引く彼は昔からよく言われていた。珠里も、その通りだと思う。
 立ちあがって迎えた珠里が、我知らず微笑むと、威仁は己の姿を指して苦笑を返す。
「砂漠の国では砂まみれになっていたからな。こんなかしこまった格好をするのは久しぶりだ」
「威仁様は、いつでもご立派です」
「珠里も、……予想したより、はるかによく似合っている」
 威仁の凝視に、顔から足の先まで全身を晒されて、珠里はふいに羞恥を覚えた。
 つい普段の調子で彼を見つめてしまったが、今の自分は直視するのもはばかられる、ほとんど仮装レベルの女装をしているのだ。
 彼の命令とはいえ、滑稽さを笑われたくはない。
 けれど威仁は珠里を見据えたまま、安堵したように息を吐く。
「これならうまくいく。珠里、俺の言う通りにしてくれ」
 そして彼は、アシュリー姫が差し出すベールを手にとると、うなずく珠里の頭から、それをかぶせてすべてを覆う。
 こうして珠里は、今朝家を出てきたときにはまったく想像もしなかった姿に、──中東の王国の姫君に仕立てあげられた。