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「マジで恋する千年前」松雪奈々(ill:サマミヤアカザ)

あらすじ
平凡な大学生の真生に訪れた突然の出来事——それは平安時代へのタイムスリップ! なんと真生は、波長が合ったからという理由で、陰陽師・安倍晴明に心と身体を入れ替えられてしまったのだ。さらに真生は、思う存分現代生活を満喫したいという晴明のわがままにより、三カ月の間平安時代で彼の身代わりをする羽目に。最初は無理だと断るものの、晴明が残した美貌の式神・佐久に命じられるまま、祈祷や予言から痴情のもつれ(?)に至るまで、あらゆる思考をフル回転させなんとか晴明のフリを務めあげる真生。そんななか、次第に真生は自分をさりげなく支えてくれる佐久に惹かれはじめるが…。

本文より抜粋

「……え」
 愕然として漏らした呟きもまた自分の声ではなく、驚いて口を閉ざす。
 聞き慣れない声だが、まったく聞き覚えのない声でもなかった。どこで聞いたかといえば、頭の中で響いた念仏だと思った。
 なんだこれは。
 目がおかしくなったのか。耳がおかしくなったのか。
「お気づきになられましたか」
 そのとき、ふいに背後から呼びかける声があり、真生は反射的に身を起こしてふりむいた。
 そこにはひとりの男が端座していた。
 たぐいまれな美貌の男であった。
 真生の着る狩衣とは微妙に異なる青い水干を着ている。髪は艶やかな漆黒で、腰まで長さのあるそれを緩く横で束ねている。透き通るように白い肌、切れ長の瞳、高い鼻梁。人形のように完璧な容姿は血の通った人間とは思えぬ美しさであった。
 それでいて女性的な美しさとは一線を画しており、身体つきはたくましく、まっすぐな眉や引き締まった薄い唇、顎の骨格は雄々しく、辺りを払うような風格さえ感じられる。
 ──綺麗だ。
 真生は状況も忘れて目を奪われた。
 こんな人に出会ったことはいまだかつてなかった。
 年齢は二十代なかばのように見えるが、十代と言われても、あるいは壮年と言われても納得してしまえるような、つかみどころのない雰囲気を宿している。
 ──人、なのか……?
 人ならざるものが人の姿をとっているとしか思えぬ、人間離れした佇まい。その本性は、神か、悪魔か──。
「不具合はございませんか」
 男が抑揚のない声で静かに尋ねる。
 見惚れていた真生は、不具合と訊かれて現状を思いだす。身体の異変も記憶の欠落も、不具合と言えば不具合だ。
「えっと……、あの、ここは……?」
 言葉を発してみると、やはり自分の声ではなかった。違和感に眉をひそめる。
「我が主人、安倍晴明の住まいです」
「……は?」
 有名な名をだされて、ぽかんとした。
「……あべの……せいめい……?」
 日本史がさほど得意でもない真生でもその名を知っている。完全なる架空の人物ではなく、実在した人物であることも。しかし彼は平安時代の人物であり、平成の人間ではない。
「陰陽師の、ですか?」
「陰陽師ではありません。天文生です」
「……はあ」
 天文生と言われても、よくわからなかった。
「しかしその辺の肩書きばかりの陰陽師よりも、まともな方術を使える方です」
 男は口だけを動かして喋る。
「その主人が未来を覗きに行きたいとおっしゃられて、方術を使ったのです」
「……は……」
「主人は私を召喚できるほど方術に長けた方です。とはいえ身体ごと未来へ転移するのは生身の人間では至難の業。ですので主人の行きたい時代に生きる方の中で波長のあう者を見つけだし、魂魄だけを交換させていただいたのです」
 告げられていることが理解できず、真生はしげしげと男を見つめた。
 男の背後には平安時代を舞台にしたドラマのセットでよく見かけるような几帳がある。陽の差し込むほうへ目をむけると、障子はなく、格子目の扉がある。広い室内はすべてが板の間で、ここは一般民家ではなく、神社や寺の中だろうかと思いかけ、ふと、ほかの思いが脳裏をよぎる。展示会場で見た寝殿造りの模型。あれがちょうどこんな感じではなかったか。
 平安時代のような室内。服装。安倍晴明。
「あの……ここはいったい……住所といいますか……ええと、都内、ですよね?」
 不安感からおどおどと尋ねると、男が感情のない顔で見つめ返してきた。そして黙って立ちあがり、音もなく几帳のむこうへ姿を消す。まもなく戻ってきた彼はお盆のようなものを携えて元いた場所にすわり、それを床に置いた。そしてツッと真生のほうへ押しやる。近くで見ると、それは銅鏡のようだとわかった。
「あの?」
「ご覧ください」
 言われるままに、真生は鏡を手にとり、自分の顔へむけた。
「……。え?」
 鏡には、映るはずの自分の顔が映しだされず、代わりに別人の顔が映っていた。