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「鎖 ―ハニートラップ―」妃川蛍(ill:亜樹良のりかず)

あらすじ
警視庁SPとして働く氷上は、ある国賓の警護に就くことになる。その相手・レオンハルトは、幼馴染みで学生時代には付き合っていたこともある男だった。世界的リゾート開発会社の社長となったレオンハルトを24時間体制でガードするため、宿泊先に同宿することになった氷上は、彼に未練を残したままであることに気付き、困惑する。そんな中、某国の工作員にレオンハルトが襲われ――!?

本文より抜粋

 ふわふわの金髪と宝石のような青い瞳が印象的な、それはそれは可愛らしい子だった。
 当然女の子だと思って、こんな可愛い子がお嫁さんになってくれたらいいなぁ…と、ボーッと見惚れていたら、宝石の瞳が見る間に近づいて、唇でちゅっと淡い音がした。
 驚いて、目いっぱい瞳を見開いて、間近にあるキラキラと輝く瞳に見入った。
「ボクのお嫁さんになる?」
「……へ?」
 まさしく今、自分が思っていたのと同じことを、言葉のみならず行動でも示されて、莠は大きな目をパチクリさせた。
 だが、当人以上に驚き慌てたのは、ふたりの親のほうだった。
「レオンハルト! 莠くんは男の子よ!」
 女の子じゃないの! と、良く似た美貌の母親に諫められて、金髪ふわふわの少年は、これ以上は無理とばかりに青い瞳を見開く。
「ウソだ! こんなに可愛いのに男の子のわけないよ!」
 綿飴のような髪をした少年は、母親の言葉にキッパリとそう返した。
「絶対に女の子だ!」
 子どもであっても、少年には少年のプライドというものがある。目線の位置は、莠のほうが高かった。なのに、女の子だと言いきられた莠は、カッとして言い返した。
「ボクは男だ! 自分こそ、お人形さんみたいな顔してるくせに!」
 そんな可愛いのに、男の子だなんてありえない! と、自分が言われたままを返す。そして、対抗するかのように言った。
「ボクのお嫁さんになれ!」
 両家の親たちが、子どもを取り囲み、唖然とした顔でそのやりとりを聞く。
 しばしの間。
 それから、どっ! と場が湧いた。子どもたちのあまりに可愛らしいやりとりに、たまりかねた親たちが、同時に噴き出したのだ。
「莠ちゃん、どんなに可愛くても、レオンくんは男の子よ。お嫁さんにはできないわ」
 眦に涙を溜めながら、母が息子を諫める。
 父親ふたりは、もはや言葉を発するのも苦しいとばかりに、笑い転げていた。土地の名士と領事館勤務の外事警察官という、肩書すら吹き飛ぶほどの、それは爆笑だった。
「あなた、笑いすぎよ!」
 妻に諫められて、どうにかこうにか笑いを噛み殺す。子どもが傷つくではないかと心配する両親のやりとりは、たしかに耳に届いていたけれど、ほとんど鼓膜を素通りしていた。
 青い瞳と、じっと睨み合うことしばし。
 互いに互いの性別を誤解して初対面の相手にプロポーズした少年ふたりは、爆笑する両親の傍ら、取っ組み合いの喧嘩をはじめた。
 こんなに可愛いのに、お嫁さんにできないなんて!
 考えてみれば可笑しな理不尽さに駆られて、幼心は傷つき、その発散場所がなかったのだ。
「莠!? なにしてるの!」
「レオン! おやめなさい!」
 どろんこになって取っ組み合いの喧嘩をして、両親に叱られ、最後には揃って大泣きをした。だというのにその晩、ふたりはひとつベッドで手を握り合って眠った。
 翌日には、喧嘩をしたことなどすっかり忘れて、一緒に遊んだ。
 一番の仲良しになって、一日のほとんどを一緒にすごした。楽しくて楽しくて、時間はあっという間にすぎた。
 父の赴任期間に期限があるなんて、子どもに知るよしもない。当然、楽しい時間はずっとつづくものと信じて疑わなかった。
 だから、別れのときは、悲しくて悲しくてならなかった。
「迎えに行くからね」
 待っててね、と宝石のように綺麗な青い瞳を涙に濡らして、レオンハルトは莠の唇にちゅっとキスをした。莠が教えたゆびきりげんまんをして、約束だよと言った。
「帰りたくないよぉ、レオンとずっと一緒にいたいよぉ」
 幼い莠は、ただただ泣きつづけた。
 でも、瞼をぱんぱんに腫らすほどに泣いても、子どもには状況を変える力などなかった。
 同時に、子どもには、高い適応力と忘却力と、目の前の現実を楽しむ能力とが備わっている。だから、十年以上の時を経て、約束が果たされる日が来るなんて、考えもしないことだった。
「迎えにきたよ」
 再会の日、ふわふわ金髪の美少年は、眩いほどの美青年に成長していた。
 幼い日の冗談のようなプロポーズが現実になって、十代の少年が恋に溺れても、それはしかたのないことだ。
 少年の日のプロポーズのエピソードのように、笑い話にできるようなものならよかった。冗談にできるような軽い感情ならよかった。
 そうでなかったから、終わりがきた。今度は、次の約束のない、決定的な別れだった。
 本気だったから、終わらせた。