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「一つ屋根の下の恋愛協定」茜花らら(ill:周防佑未)

あらすじ
祖母から引き継いだ恭が大家をしている食事つきの小島荘には、3人の店子がいた。大人なエリートサラリーマンの乃木に、夜の仕事をしている人嫌いの男・真行寺、そして大学生で天真爛漫な千尋と個性豊かな3人だ。半年かけ、ようやく炊事や掃除など大家としての仕事も慣れてきた恭は、平穏な日々を送っていた。しかしその裏では恭に隠れてコソコソと3人で話し合いが行われていたようで、ある日突然自分たちの中から誰か一人を恋人に選べと迫られ…!?

本文より抜粋

「我々の結んだ約束――協定について、お話ししましょう」  恭が視線を上げると、それを待っていたかのように乃木が言った。


 いつもは朝食でしか四人揃うことのないテーブルを囲む、深夜二時。
 明日も仕事がある乃木の睡眠時間を気にして恭がちらと乃木を窺うと、乃木は千尋が淹れた玄米茶を一口、啜った。
「話はすぐに済みます」
 恭の視線を一瞥もしなかったのに、恭の懸念を察しているかのように乃木は口を開いた。
「単純な話です」
 真行寺は頬杖をついて、傍らの恭の顔を覗き込んでいる。
 さっきまでは苛ついた顔を隠しもしなかったのに、今は少し恭の反応を面白がってさえいるようだ。
 千尋は、大ぶりの湯呑みを両手で掴んだまま顔を伏せている。
 恭は居住まいを正した。膝の上の掌にじっとりと汗をかく。
「……心の準備はよろしいですか?」
 やはり恭の心中を覗き見でもしたかのように、乃木が勿体つけた。
 もし、乃木の話を聞いて「それは約束を破った人が追い出されても仕方がないか」なんて納得してしまったらどうしよう、という不安はある。
 でも、誰かがことり荘を出て行くのに充分な理由なんて、絶対にない。
 恭は、睨みつけるように乃木を見てしっかりと肯いた。
「私たちは三人とも、小島くんのことが好きです」
 乃木は眼鏡の奥の睫毛を伏せて、そっと言葉を置くように紡いだ。
 真行寺を見遣ると、双眸を細めて微笑んでいる。千尋も、ただ肯くだけだ。
「えっと……僕も、みんなのことが大好きですけど」
「そういう意味じゃありません」
 恭の返答は承知していたとばかり、即座に乃木が言葉を重ねる。
「さっき、君は私たちを家族のようだと言ってくださいましたが――そういう愛情ではない、恋愛対象、という意味です」
 恭は目を瞬かせた。
 頭が追いつかない。
「家族は家族でも、俺が言ったみたいに、お嫁さんとかそういう意味です」
 千尋がテーブルに身を乗り出した。
「えっと、だから……僕は、男だよ? お嫁さんには――」
 混乱した恭がテーブルの上に手を出すと、その手を真行寺に握られた。
 掌が熱い。真行寺の顔を見ると、恭だけに注がれた眼差しも、なんだかひどく熱っぽく感じる。
「同性でも、恋をすることはできるよ」
 今まで男性に言い寄られたこともあると言っていた真行寺が言うと、説得力がある。
「そもそも僕は、人を好きになるなんて一生ないと思ってたからね。恭くんがいなかったら、きっと恋をすることはなかったと思う」
 握った恭の手を両手で包み込んで、真行寺が顔を伏せる。
 明るい髪が食堂の明かりをぼんやりと反射して、まるで天使が祈りでも捧げているように見えた。
 ドギマギと、恭の心臓が強く脈打ち始めた。
「私はもともと男性しか愛せない性的指向です」
 乃木が、顔を隠すように指先で眼鏡を押さえた。
「俺も、男とか女とか関係ないです! 恭さんが恭さんだから、好きなんです! 恭さんはお嫁さんにはなれないって言うけど、今は同性婚できるとこも結構あるし、それに、結婚できなくったって、俺は一生恭さんを幸せにしますか――」
「千尋、ストップ。お前すぐ暴走するんだから」
 真行寺が恭の手を離すと、千尋の顔面を掌で押しのけた。赤い顔をした千尋が慌てて自分の口を塞ぐ。
「――……、」
 恭は、言葉を失っていた。
 なんて答えていいのか、わからない。混乱して、頭が真っ白になる。
「私たちは、それぞれ小島くんへの気持ちを抱えていることに気付くと約束を結びました。抜け駆け禁止――と」
「ぬ、……抜け駆け?」
 久しぶりに――恭が黙り込んでいたのはたった数分かもしれないけど、ひどく長く感じた――声を上げると、声が裏返ってしまった。