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「裸執事~縛鎖~」水戸泉 原作/マーダー工房(ill:倒神神倒)

あらすじ
大学生の前田智明は、仕事をクビになり途方に暮れていた。そんな時「日給三万円」という求人広告を目にする。誘惑に負けて指定の場所に向かった智明の前に現れたのは、華やかな豪邸と見目麗しい執事たち…。アルバイトの内容はなんと「ご主人様」として「執事」を従えることだった。はじめは当惑したものの、どんな命令にも逆らわない執事たちに、いつしかサディスティックな欲望を覚えはじめた智明。それは次第にエスカレートし、ついには執事たちを淫らに弄ぶ悦びに目覚め――。

本文より抜粋

 白亜の壁に空と樹木を混ぜたような深い色の屋根。
 そこかしこに施された細かい装飾。
 家というより、これは巨大な芸術品だ。
 決して新しくはなさそうだが、歴史を感じさせる迫力と風情に俺はしばらく見とれてしまう。
 おっと、品評している場合じゃない。
「ここで間違いないんだよな……?」
 やっぱり何かの間違いじゃないかと、圧倒されてアホ面のまま立ち尽くす俺の目の端に、正面の扉が開くのが映った。ヤバイ……。俺の本能が、そう告げた。
 中から出てきたのは、黒ずくめの男だったのだ。
 俺の予想は当たっていたんだ! まったく嬉しくない!
(やっぱり暴力団絡みの、やばい仕事か!?)
 つかそれならそれでともかく、ヤクザがこんなお城みたいなファンシーな屋敷に住んでんじゃねえよ! そこだけは一応、つっこみたかった。
 逃げようにも、窮乏生活で弱った足がうまく動いてくれない。黒服の男がこちらへ小走りに近づいて来たので、俺は手にしたチラシを慌てて上着のポケットへねじ込む。俺は無関係者ですよー。道に迷っただけですよー。視線を泳がせることで俺はそうアピールした。
 が、しかし。
「いらしてくださったのですね!」
 予想外にも上品で物腰の柔らかい声が投げかけられ、恐る恐る黒服の男を見やると、そこには柔和としか言いようのない微笑みがあった。
「ようこそお越しくださいました」
 俺はまじまじと男を眺めた。確かに黒い服だけど、蝶ネクタイをしていて、パーティーなんかで着るようなブラックフォーマルだ。どう見ても暴力団じゃない。
 何より男の俺でもドキッとするくらいの美青年で、気品と知性がにじみ出ている。きっとこの人が、この家の主なんだろう。
 一瞬、俺の後ろにいる誰かに話しかけているのかと思い、振り返って確認してみたが誰もおらず、彼の目はやはり真っ直ぐに俺を見つめている。
「お待ちしておりました、ご主人様」
 突然呼びかけられて、俺の思考がフリーズする。
 今、なんて?
 突拍子もなさすぎて、思ったことがそのまま口に出た。
「今、なんて?」
「お待ちしておりました、ご主人様。と、申し上げました」
 男は表情を変えず、それはそれは穏やかに言ってのける。
「求人広告、お持ちになられてますよね」
 黒服の男は、整った笑顔のまま俺のポケットを指し示す。一連の行動はすっかり目撃されていたらしく、そうでなくても例のチラシはうまく入りきらずにポケットからはみ出しまくっていた。
 苦笑いで取り繕う俺に、黒服の男がさらに続ける。
「あなた様には今日からこの屋敷の主となっていただきたいのです」
(な、なんだって――――!?)
 俺は酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせた。この人が屋敷の主なんじゃないのか……? てっきりそう信じていたのに、何が起きているのかさっぱり分からない。
「ちょ……いや、でも、俺は……」
「突然このようなことを言われて、困惑されるのも無理はございません。ですが……わたくしどもにはあなた様が必要なのです」
 男が深々と一礼する。
 ドキッとした。
 こんな風に神妙に頭を下げられたのも、必要だなんて言われたのも俺には生まれて初めてだ。俺の目に微かに浮かんだ疑念さえ、男は見逃さなかった。
「この先、あなた様に危害が及ぶようなことはないと誓います。どうか……」
 はっと我に返って、俺は思い出す。
 そうだ、日々の淀んだ流れを変えるんじゃなかったのか。
 このまま帰ったところで、俺、来月からどうするんだ。
 俺にできる選択はただ一つ。とにかくもっと、事情が知りたい。
「信じます。ちゃんと詳しい話、聞かせてください」
「仰せの通りに。ご主人様」
 そう答えて微笑む男の顔は、俺が今までまみれてきた世俗の垢を微塵も付着させてはおらず。
 夢のように、美しかった。