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「極道ハニー」名倉和希(ill:基井颯乃)

あらすじ
父親が会長を務める月伸会の傍系・熊坂組を引き継いだ熊坂猛。名前は猛々しいのに可愛らしく育ってしまった猛は、幼い頃、熊坂家に引き取られた兄のような存在である里見に恋心を抱いていた。組員たちから甲斐甲斐しく世話を焼かれ、里見にシノギを融通してもらってなんとか組を回していた猛。しかしある日、新入りの組員が突然姿を消してしまった。必死に探す猛の元に、消息を調べたという里見がやって来て、「知りたければ、自分の言うことを聞け」と告げてきて…!?

本文より抜粋

   本気でヤバくなってきたと、猛はグラスをテーブルに置いた。酔いのせいか、思考がどんどん性的なものを孕んでいくのをとめられない。やっぱり飲むんじゃなかった。冷静でいられない。
「……話がないんなら、オレは帰らせてもらうよ」
 立ち上がろうとしたら、素早く腕を摑まれた。ぐっと引っ張られ、中途半端に浮かした腰を戻される。
「待て。来たばかりだろう。急いで帰らなきゃならない用事なんてないはずだ」
「じゃあさっさと用件を話してくれよ」
「そうか、じゃあ話そう」
 里見はグラスの中身を飲みほすと、ボトルからウイスキーを注いだ。大きな氷をごろりと入れ、ロックにする。とても猛には飲めそうにない代物を、美味そうに舐めた。寒い国の人々は体を温めるためにアルコールを好むと聞いたことがある。里見は日本で生まれ育っているが、母親の国であるロシアの人々のように酒に強い遺伝子を持っているのかもしれない。
「一年前、おまえ……新宿二丁目まで出かけていっただろう。なにをするつもりだったんだ?」
「な………」
 心の中を読まれたのかと疑うほど、タイムリーな話題だ。
「忘れたとは言わせないぞ」
 どうしていまになってからあのときのことを聞くのか。
 鋭いまなざしで縫いとめられ、猛は逃げるどころか視線を逸らすこともできない。
「……ただの、好奇心だよ……」
「好奇心? へぇ、猛がその手の店に関心があるとは知らなかったな。それでどうして、なにがきっかけであそこまで行くつもりになったんだ」
「暇だったから、ちょっと行ってみただけ」
「なるほど。暇で、好奇心で、ゲイが集まる店に足を運んだと、そういうわけか」
 里見はふーんと頷きながらも、ぜんぜん納得できていない顔をしている。猛は両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。嫌な汗をかいている。
「俺が迎えに行ったとき、おまえ、二人の男に挟まれるようにして飲んでたな。あれって、誘われていたわけか」
「…………そうだったかも、しれない」
「かもしれない? ふざけたこと言ってんじゃねぇよ。あきらかに誘われてただろう。まんざらでもない顔してたのを、俺は昨日のことのように覚えているぞ」
「まんざら…って、そんな言い方──」
「俺が行かなかったら、どちらかの男についていくつもりだったんじゃないのか。それとも二人とも相手にするつもりだったのか」
 この尋問はいったいなんだ。どうして里見はそんなことを聞きたいのか、わけがわからない。
「里見、いったいなにが聞きたいんだ。今日は、このあいだの借りを返させるために俺をここに呼んだんじゃないのか」
「ああそうだ。おまえに要求をつきつけるために呼んだ」
「だったらそれを早く言えよ。わざわざ一年前のことを持ちださなくても、俺はおまえの命令を聞くから」
「男についていくつもりだったのを認めるんだな?」
「だからどうしてそこに話が戻るんだよっ。そんなことは、いま関係ないじゃない」
 猛は我慢できなくなって声を荒げた。わずかな酔いも醒めている。これはもしかしてゲイだとバレて糾  弾されているのかと、途方に暮れそうになったとき──、
「男が欲しいなら、俺にしておけ」
「は?」
 信じられない言葉に、猛は耳を疑った。
 茫然と里見を見つめると、灰青色の瞳が真っ直ぐに射るようにして自分を見ていた。
 酔っているのかと疑ったが、瞳の色に濁りはなく、顔色もまったく変わっていない。
「一年前、おまえは男に抱かれるつもりであんな店に行ったんだろう。またいつその気にならないとも限らない。馬鹿なまねをする前に、俺で発散しろ」
「おま………なに………」
 ずっと好きだった。十六年間も一途に想い続けた男にそんな言い方をされて、喜ぶ人間がいるだろうか。
 猛は真っ青になって、握りしめた拳を小刻みに震わせた。
「………里見、おまえはゲイなんだろうって、責められた方が、まだマシだよ……」
「猛、俺は責めていない」
「だから、責められた方がマシだって言ってんだよっ」
 悔しくて悲しくて腹の底が異様に熱い。
 同情か。それとも犠牲的精神か。
 熊坂組を守るために、清孝の名誉を守るために、組長であり息子である猛の下半身の処理までみずからが片付けようと思ったのか。
「俺をなんだと思ってんだ、このクソ馬鹿野郎っ!」
 猛は立ち上がりざまに自分のグラスを摑み、中身を里見の顔めがけてぶちまけた。里見は避けなかった。したたかに顔と髪を濡らしながら、無表情で猛を見上げている。
「半ノラのミケは家猫になって、おまえの親衛隊に加わったそうじゃないか」
「は?」
 ぽたぽたと髪から雫を垂らし、里見は低く呟いた。アルコールの強烈な匂いの中、里見の視線はぶれることなく猛を捉えている。
「おまえが熊坂組の組長におさまったとき、まさかこんな事態になるとは思ってもいなかった。八年たった今じゃ、あそこは猛のハーレムだ。野郎どもにちやほやされて、さぞかし毎日が楽しいだろうな」
「………なに言ってんだ。ハーレム? おまえ、頭がおかしくなったのか?」
 本気で里見はどうかしてしまったのかと、猛は心配になってきた。働きすぎで思考回路が狂っているのかもしれない。
「ああ、おかしいのかもな」
 里見がため息をついて濡れた髪を手でかきあげた。凝視してくる瞳は、青い炎が妖しく揺らめきはじめている。怖いほどに美しい青さだった。
「十六年前から、ずっとおかしいままだ」
「十六…?」
「できれば俺は熊坂組に入りたかった」
「ええっ?」
 話があちこちに飛んで、猛はついていけない。
「おまえの下について、寄ってくるヤツらを全部蹴散らす役目につきたかった。そうすれば俺は安心していられただろうから」
「──もしかして、おまえ、そうとう酔ってるのか? 言ってることがめちゃくちゃだ」
「酔ってない。この俺がこれしきの量で酔うか」
「いや、酔ってるよ。俺の下につきたかったなんて馬鹿なことをほざくのは酔ってる証拠だって。それに、寄ってくるヤツらを蹴散らすだとか安心だとか──」
「本当のことだ」
 今夜の里見はどうかしているとしか思えない。猛はため息をひとつついて、里見の前を横切った。
「待て、まだ帰るな」