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「ファラウェイ」英田サキ(ill:円陣闇丸)

あらすじ
祖母が亡くなり、天涯孤独となってしまった羽根珠樹は、病院の清掃員として真面目に働いていた。そんなある日、見舞いに来ていたユージンという外国人に出会う。彼はアメリカのセレブ一族の一員で傲慢な男だったが、後日、車に轢かれて息を引き取った。──はずだったのだが…。なぜかユージンはすぐに蘇生し、怪我もすっかり消えていた。そして、今までとはまったく別人のようになってしまったユージンは、突然「俺を許すと言ってくれ」と意味不明な言葉で珠樹にせまってきて…。

本文より抜粋

 奥から現れた大輔はユージンの姿を見て嬉しそうに笑った。すっかりユージンのことが気に入ったようだ。
「日本の庶民的暮らしが気に入ったのか? だったら上がって一緒に昼飯を食ってけよ」
「大ちゃんっ。勝手に決めないでよ」
「なんで? いいじゃないか。せっかくこうやって来てくれたんだ。追い返すなんて可哀想だろ? さ、入れ入れ」
 大輔が手招きすると、ユージンは頷いて玄関の中に入ってきた。本当にもう、と珠樹は内心で溜め息をついた。誰の家だかわかったものではない。
「珠樹」
 ユージンは玄関に入るなり珠樹の名前を呼んだ。なんだろうと思って見上げると、吸い込まれそうな濃いグリーンの瞳がそこにあった。
「俺はお前の心が欲しい。お前の心を手に入れたい。──だから俺の恋人になれ」
 珠樹は五秒ほど考えてから、「今、なんて言った?」と聞き返した。
「俺の恋人になれと言ったんだ」
「……大ちゃん。ユージンの言ってることわかる? 俺、意味がよくわかんないんだけど」
 助けを求めるように大輔を見たら、「すげぇな!」という返事になってない言葉が返ってきた。
「お前、ユージン・マクラードに求愛されたぞ! 玉の輿じゃんっ」
 玉の輿……。頭がくらっとした。なんでそういう反応になるんだ。大輔に常識的見解を期待した自分が馬鹿だった。男同士で玉の輿もくそもない。
「ユージン、珠樹のどこを気に入ったわけ? 珠樹って性格も顔も悪くないし、身内の俺から見てもすげぇいい子なのは保証するけどさ。でも世界的セレブが惚れるにはちょっと普通すぎないか?」
「性格も顔も関係ない。俺に必要なのは珠樹の中にある魂だ。珠樹の魂そのものが欲しい」
「……た、魂? ユージンって見かけによらず、情熱的なんだな」
 さすがの大輔も少々、引き気味だった。珠樹に至ってはドン引き状態だ。いきなり恋人になれとか魂が欲しいとか、常軌を逸しているとしか思えない。
「やっぱり帰って。俺は男に興味なんてないから、変なこと言われても困る」
「女の姿になれば俺を愛してくれるのか? それなら今すぐにでも女の身体を手に入れてくる」
「な、何、馬鹿なこと言ってんだよっ」
 今すぐ性転換手術を受けに行きかねないユージンの真剣さに、珠樹は狼狽した。思いつきでそんな真似をされたら大変だ。
「女になっても一緒だよっ! 俺はユージンの恋人になんてならない。お願いだから、もう帰ってよ。迷惑なんだっ」
 ユージンの身体をぐいぐい押して外に追いやった。
「珠樹。どうすれば俺を好きになってくれるんだ?」
 問いかけてくる瞳は悲しげだった。懐いて近寄ってくる犬を、冷たく追い払っているみたいで胸が少し痛くなった。でもユージンは犬ではない。だから困る。
「ショーンのところに帰るんだ。あの人、絶対にユージンのこと心配してるから。俺、自分勝手な人って嫌いだよ。それからうちには二度と来ないで」
 そう告げて、心を鬼にして引き戸を閉めて鍵をかけた。背後で大輔が「あーあ」と溜め息交じりの声を出す。
「別に閉め出さなくてもいいのに。可哀想じゃないか」
「あのね、大ちゃん。俺の身にもなってよ。大ちゃんだってよく知らない外国の男の人から、いきなり恋人になれって言われたら困るでしょ?」
 珠樹が眦を吊り上げて反論したら、大輔は「うーん」と腕を組み、「確かに困るかも」と頷いた。
「だったらもう何も言わないでよ。またユージンが来ても、勝手に家に上げないで。いい? 絶対だよ? もし家に入れたらすぐに出ていってもらうから」
「わ、わかったよ。わかったからそんな怖い顔すんな。可愛い顔が台無しだぞ。……さてと、昼飯ができるまで、もう一仕事すっかなぁ」
 大輔は逃げるような足取りで居間へと入っていった。珠樹は玄関に立ったまま、肩を落として力ない吐息を落とした。
 ユージンという男がまったくわからない。許してくれと迫ってきたかと思えば、今度は恋人になれと言ってくる。かといって最初から珠樹に下心があったというふうにも見えなかった。
 一体、彼は何がしたいのだろう。不可解な気持ちは深まる一方だった。