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「英国貴族は船上で愛に跪く」高原いちか(ill.高峰顕)

あらすじ
名門英国貴族の跡取りであるエイドリアンは、ある陰謀を阻止するために乗り込んだ豪華客船で、偶然にもかつての恋人・松雪融と再会する。予期せぬ邂逅に戸惑いながらも、あふれる想いを止められず強引に彼を抱いてしまうエイドリアン。だがそれを喜んだのも束の間、エイドリアンのもとに融は仕事のためなら誰とでも寝る枕探偵だという噂が届く。情報を聞き出す目的で、融が自分に近づいてきたとは信じたくないエイドリアンだが…。

本文より抜粋

 エイドリアンは再度、つきりと痛みを感じる。
(考えるな。そんなこと)
 目を閉じて、ぶんぶん、と首を横に振る。そして指に、クリームをひねり出す。
(この十年、トールがどんな男と──もしかして女性とも──寝ていようと、それを責めるなんて、紳士のすることじゃない。第一、ぼくだって、こんなものを使うことを憶える程度には、この十年間色々あったじゃないか)
 エイドリアンの場合は、むしろ精神的な意味で、トールに操を守っていなかった。トールを忘れるために、周囲や親族の勧めるまま、何人かの女性と交際し、心やさしい相手とは、結婚を考えたことも一度ならずある。
 だがいつも、それは彼女たちからの別離によって破綻してしまった。交際が深まるにつれ、女性たちはエイドリアンの中に、何か自分を託せないものを見つけてしまうのだ。「あなたは私を想って下さらない。うわべだけのやさしさはもう沢山」……はっきりそうと告げられて去られたこともある。
(やさしくしないと)
 苦い思い出と共に、エイドリアンは念入りに、指にクリームをまぶれさせる。
(トールには、誰よりも、やさしくしないと──)
 そうしないと、また自分は捨てられてしまう。愛想を尽かされてしまう。母親に、トールに……恋人たちにそうされてきたように。
「トール……」
 差し上げられた尻を労わるように撫で、まだきゅっとつぼんだ形に閉じている場所を開く。指で触れると、生理的な反射で「いや」というように、さらに小さく縮まるのが愛らしい。
 エイドリアンはそこに、恭しい口づけを捧げた。貴婦人の手に触れる、騎士のそれのように。
「──あっ……?」
 ひどく戸惑った顔で、トールが振り向く。
「エ、エイドリアン……駄目、それは……」
「どうして?」
 ねろり、と舐める。「ひあっ」と悲鳴じみた声。
「馬鹿っ──シャワーも浴びてない相手のそこを、そんな……」
「この船のトイレは全室ビデつきだ。日本人の君が使っていないわけがないだろう?」
 だから平気、とばかり、ちゅっと吸ってやる。返ってきたのは、か細く震えるような、「馬鹿っ……」という声だ。
「馬鹿はひどいな」
 君を喜ばせたくてしていることなのに、と呟く。その呟きを、舌と唇で、ひくつく孔に塗り込めると、細腰がびくりと震えた。
「……っ」
 うつ伏せたまま、息を詰めて、羞恥をこらえている気配。エイドリアンは、その背を後ろから抱くように覆いかぶさり、腰を抱きかかえ──前を探った。
「あ……っ」
 大きくはないが形のいい性器を、掌で包む。同時に、クリームのぬめりを帯びた指を一本、ひと息で根本まで貫き通す。
「ああっ……」
 前後を同時に愛撫すると、トールは苦悶の様を見せた。悶えて、嫌がる。腰が逃げる。
「トール……痛い?」
「う……」
 顔を歪めながら、首を振る。否定の仕草──。
「無理しないで、トール──痛いなら痛いと言って」
「平気──だよ」
「本当に? 我慢できる?」
「大丈夫……だから」
 苦しそうなのに、ふ、と笑う気配。
「君はやさしいな──ロード・アップルトン」
 エイドリアンは一瞬、鼓動が止まるのを感じた。まただ。また、どこかの男と比べられた──。
「ひあっ……!」
 トールが悲鳴を上げたのは、乱暴にされたからではない。逆だ。エイドリアンはトールの、わずかにほころんだ蕾を、舌と口で猛然と愛撫し始めたのだ。ぐぎゅうっ……と音がしそうなほどに粘膜の狭間に舌を突き込み、中をなぶり、ねじると、「うあぁっ……!」とたまらなそうな声が上がる。
「や……やだ……」
 すすり泣く声。
「エ、エイドリア……いやだ……それ、やめ……!」
 いい声だ──とエイドリアンは淫靡な悦びに満たされる。トールの……君の、本当の、心からの声だ。ああ、やっと君の心に触れることができた──!
「いやっ……いやぁ……ッ!」
 トールがもがく。もがいて、逃げようとして──崩れ落ちる。もう遅い。その下半身は、深い快楽の淵へ陥ってしまった。もう逃げられない。──逃がさない。