ちょこよみリンクス

「ブラザー×セクスアリス」篠崎一夜(ill:香坂透)

あらすじ
全寮制の男子校に通う真面目な高校生・仁科吉祥は、年子の弟である彌勒との関係に悩んでいた。狂犬と評され、吉祥以外の人間に関心を示さない彌勒と、兄弟でありながら肉体関係を結んでしまったのだ。弟の体しか知らず、何も分からないまま淫らな行為をされることに戸惑う吉祥は、性的無知を彌勒に揶揄われ、兄としての自尊心を傷つけられる。弟にされるやり方が本当に正しい性交方法なのか、DVDを参考にしようと試みる吉祥だが…!?

本文より抜粋

 困る、のだ。
 無論ドイツの刑法を理解できないことが、ではない。不本意なことだが、肛門性交がどんなものか、吉祥は高校進学を機に身を以て知る羽目になった。それだけでも恐るべきことだが、さらに戦慄すべきは、性交相手が血の繋がった弟だという点だ。
 昨夜だって寝台に仰向けに転がされ、シーツに膝が着くほど深く体を折り開かれた。持ち上げられた尻を陰茎が出入りしていたのは、ひどく長い時間だ。終わった頃には疲労と眠気で、まともに目も開けていられなかった。それでも日が昇ると、吉祥は泣いたせいで腫れた瞼をこすり、いつもと同じ時間に寝台を降りた。
 その、繰り返しだ。彌勒と関係を持って以来、似たような朝を吉祥は何度も迎えてきた。
 しかし、それだけだ。
 性的な意味で、吉祥は彌勒以外の何者も知りはしない。知りたいわけでもない。だが彌勒に揶揄される通り、知識には決定的に欠けていると、思う。
 自分にあるのは、彌勒から与えられた情報だけなのだ。異性との性交の経験も、吉祥にはない。尤も男女間の性交と、自分が経験したそれとが決定的に違うことくらい知っている。
 男女の性交はともかくとして、一般的な肛門性交というものが、具体的にどう行われるのか。それはいまだによく分からない。もっと正しい手段があるならば、それを知るべきではないか。ルールを知らずしては、試合に勝つどころかリンクに立つことすらできないのだ。
 だが尋ねてみたくても、当然と言うべきか吉祥の周囲にそうした経験が豊富そうな者はいなかった。
「知識があって困ることはないだろう。…この百七十五条は、男性同士の卑猥行為を禁じてるんだが、大腿性交や肛門性交は駄目で、相互オナニーは罰せられなかったそうだ」
 めくった頁の一節を、再び吉祥が難しい表情で読み上げる。それ以上に難しい顔で、氷室が眉間に深い皺を刻んだ。
「は?」
「だから相互オナニーだ。どういうことだこれも。具体的な説明なしで、刑罰の差異だけ書かれても困ると思わないか」
「なんだって」
「だから、そ、う、ご、オ、ナ、ニー!」
 繰り返した声が、大きくなる。
 はっと息を呑んでもすでに遅い。
 水を打ったような空気のなか、生徒たちが目を剥いてこちらを凝視していた。
「…そこ、無駄話なら退室しなさい」
 本棚の隙間から、司書に低く窘められる。
「す、すみません!」
 莫迦正直に頭を下げた吉祥の手から、氷室が本を取り上げた。
「ドイツ近代史における猥褻行為の考察です」
 ばんばんと本を叩いた氷室に、司書が渋い顔のままカウンターへ引っ込む。氷室に睨まれた生徒たちも、ざわつきながら目を逸らした。
 立ちつくす吉祥の真横で、響いた舌打ちは一つきりだ。
「なにが卑猥行為の考察だ、クソ眼鏡」
 振り返り、吉祥は声を上げられないまま凍りついた。
 鋭利な声音は、図書館には不似合いだ。日差しに映える髪の明るさも、やはりここには似合わなかった。
「…彌勒、お前……」
 腰で体重を支え、だらしなく立つ弟の名を絞り出す。
 不機嫌そうに傾けられた頭で、金の縁取りがある黒い髪飾りが揺れていた。無造作に束ねられ跳ねる毛先が、彫りの深い弟の容貌をより男っぽく見せている。
「……そこ」
 遠慮のない彌勒の声に、司書がもう一度顔を覗かせた。しかし振り返った眼光に抉られ、首を絞められたように息を呑む。
「考察ついでに実地どーよとか言い出すに決まってんだろ。人の兄ちゃん狙ってんじゃねーぞ変態」
 長い彌勒の腕が、忌々しげに伸びた。
 身を翻そうとした吉祥の肩に、逞しい腕が絡む。本棚に手をついた弟が、兄の口元へ舌打ちしたそうな唇を擦り寄せた。
「氷室をお前と一緒にするな! 大体あんなもの鞄に入れる方が…」
「あーあんなもんって?」 
 両手で顔を押し返すのと、視界が回ったのとは同時だ。
「ぅわ…っ」
 膝裏に腕が当たり、足元が浮き上がる。彌勒の肩へ荷物のように担われたのだと知り、悲鳴がもれた。