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「アメジストの甘い誘惑」宮本れん(ill:Ciel)

あらすじ
大学生の暁は、ふとした偶然で親善大使として来日していたヴァルニーニ王国の第二王子・レオナルドと出会う。華やかで気品あるレオに圧倒されつつも、護衛の目をごまかし街へ出てきたという気さくな人柄に触れ、彼のことをもっと知りたいと思いはじめる暁。一方レオナルドも、身分を知っても変わらずに接してくれる素直な暁を愛おしく思うようになる。次第に惹かれあっていくものの、立場の違いから想いを打ち明け合うことが出来ずにいた二人は――。

本文より抜粋

「少し重たい話をしてしまったな」
「レオ?」
「だが私は、アキにこの国のことを知っていて欲しかったんだ」
 じわりと熱くなる胸を押さえながら深く頷く。
「国のことも、みんなのことも、教えてくれてうれしいよ。……言ったでしょう、俺はレオのことをもっとちゃんとわかりたいんだ。だからレオに繫がるものを知っていけるのはすごくうれしい」
 気持ちを落ち着けるために目を伏せ、小さく吐息すると、暁は再び遠くから十字架を見つめた。
「いろんな国に行ったからかな……、俺ね、なんとなくわかるんだ。その国の人がしあわせに暮らしてるかどうか。ここに来て、ヴァルニーニの人たちがこの国をすごく大切にしてることが伝わってきたよ。それはきっと、レオたちが国のために精一杯尽くそうとしてるからだよね」
 互いに支え合い、祈りを捧げてきた。この場所を中心として民の心は強く結びついている。
「俺がヴァルニーニの人間だったらレオたちのことを誇りに思う。外国の友達ができたら一番に自慢するだろうな。王子だからじゃなく、ひとりの人間としてこの国を愛してくれるレオがいるんだって」
「アキ……」
 その声がわずかに震えたような気がして視線を引き戻される。
「アキがいてくれてよかった。アキの言葉に私がどれだけ救われているか……」
 俯きながら紡がれた言葉の重さに、暁はそっと唇を嚙んだ。
 持てるものをすべて持って生まれたはずのレオナルド。それなのに心は日々の軋轢に疲弊し、静かに悲鳴を上げていたのだろう。気高く、誇り高き孤高の魂。どうかその心が少しでも安らかであるようにと願わずにはいられなかった。
「俺は、なにがあってもレオの味方だからね」
 レオナルドは弾かれたように顔を上げ、真剣な表情でこちらをじっと見つめてくる。それを正面から受け止め頷いてみせると、レオナルドは静かに安堵のため息を漏らした。
「ありがとう……」
 そっと肩を引き寄せられ、あたたかな腕に包まれる。そうしていると身体だけでなく心まで寄り添ったように感じられ、暁はそのまま目を閉じた。
 どれくらいそうしていただろう、髪を撫でていたレオナルドがふと手を止める。
「やっぱり帰したくないな」
 自分で言っていておかしくなったのか、彼は悪戯っ子のようにくすりと笑った。
「アキといられる一分一秒が過ぎるのが惜しい。誰かといて、こんなふうに思ったのははじめてだ。アキのためならなんでもしたい。喜ばせてあげたいと思うんだよ」
「レオ……」
 これではまるで告白だ。男同士だし、そんな意味じゃないと頭ではわかっていても瞬く間に頰が熱くなった。
「あぁ、頰が薔薇色だな」
 確かめるように頰を撫でられ、ますます鼓動が跳ね上がる。はじめて触れられた時とはまた違う印象に胸を高鳴らせながら、暁は慌ててレオナルドの腕から抜け出した。
「レ、レオがすごいこと言うからでしょ」
「素直な気持ちを打ち明けただけだ」
「そういうのは大切な相手に言いなよ」
「私にとってはアキしかいない」
「……!」
 胸が鳴り過ぎて痛い。顔を見られるのが恥ずかしくて、暁は思い切って踵を返した。
「そろそろ行こう。アサドはもう外に出ちゃったみたいだし」
 先に立って歩き出そうとした途端、手首を摑まれ引き戻される。
「私を置いて行くのか?」
 ふり返ると、満面の笑みが「一緒に行こう」と告げていた。
「もう、手のかかる王子様だな」
「面と向かってそんなことを言うのはアキぐらいだ」
「なんでそんなにうれしそうなの」
「アキが喜ばせてくれるからだよ」
「なんだよ、もう」
 苦笑してみせると、それを見たレオナルドはますます相好を崩す。普段は大人っぽく振る舞うくせに、こんな時だけ見せるあどけない表情にますます強く惹きつけられた。
 息をするだけでドキドキするなんて、自分が自分じゃなくなったみたいだ。己の変化に戸惑いながらも、それをもう少しだけ味わっていたくて心地いい痺れに身を任せる。
 外に出ると、アサドが大扉の脇で辛抱強く待っていた。
「随分長いご見学だったなぁ、おい」
 こちらを一瞥するなり、待ちくたびれたと言わんばかりにポキポキと首を鳴らしてみせる。
「ご、ごめん」
「ほら、次行くぞ」
 なんとなく恥ずかしくてまともにアサドの顔が見られない。けれどそんな暁などお構いなしに、従者はさっさと歩きはじめる。遅れないようについて行きながらチラとレオナルドを見上げると、視線に気づいた彼はアサドの目を盗んでそっと人差し指を唇に当てた。  ───ふたりだけの秘密だ。
 そう言われたような気がして、暁は再び頰を熱くするのだった。