ちょこよみリンクス

「暁に堕ちる星」和泉桂(ill.円陣闇丸)

あらすじ
清澗寺伯爵家の養子である貴郁は、抑圧され、生の実感が希薄なまま日々を過ごしていた。やがて貴郁は政略結婚し、奔放な妻と形式的な夫婦生活を営むようになる。そんな貴郁の虚しさを慰めるのは、理想的な父親像を体現した厳しくも頼れる義父・宗晃と、優しく包容力のある義兄・篤行だった。だがある夜を境に、二人からそれぞれ肉体を求められるようになってしまう。どちらにも抗えず、義理の父兄と爛れた情交に耽る貴郁は、次第に追い詰められていくが――。

本文より抜粋

 あの日感じた昏く後ろめたい快感とはまったく違う、甘く軽やかな悦びが貴郁を打つ。
 まるで乙女のように胸が震え、頬が熱く火照った。
 ……好きだ。
 その言葉は、天啓のように降ってきた。
 そう認識した瞬間、心臓が一際激しく脈打った気がした。
 そうか。
 僕はこの人を、好きなんだ。
 好きだと意識するたびに心臓が血液を送り出すようで、頭がくらくらした。
 男同士が禁忌だという発想は、生憎、清澗寺家で暮らしていれば抱きようもない。
 こうして触れたくなるのも、触れられるとどきどきするのも、全部……好きだから。
 好き……。
「お義父さん……」
 うっとりとした声で改めて呼びかけて、貴郁は我に返った。
 父──そう、父だ。
 この人は血が繋がっていなくとも、父なのだ。
 またしても、自分は父親に欲情してしまった。
 急に恐ろしくなった貴郁は、がたりと立ち上がり、急いで宗晃を見やる。
 なんて恥知らずな真似をしてしまったのか。
 どうかしている……!
 自分の仕打ちに戦いた貴郁は、慌てて戸口に駆け寄ってドアに飛びついた。
 半開きのドアは軽々と開き、貴郁は呆然とする。
「おっと」
 ……嘘。
 扉の向こうにいたのは、篤行だった。
 もしや、今の自分の不埒な行為を見られたのではないか。
 火照っていた躰に冷水をかけられたように、すうっと血の気が引いていく。
「すみません、どいてください」
 義父を起こさぬように小声で頼んだが、篤行はその場に立ちはだかったまま動かない。
「昨日の映画の件だ」
 こんなときに何を持ち出すのかと、貴郁は訝った。
「週末、時間を作れるんだ。予定を合わせたいから、部屋に来てほしい」
「あ……はい」
 もしかしたら、篤行は何も見ていないのかもしれない。篤行の普段と変わらぬ口調からは、何も判断できなかった。
 腕を掴まれた貴郁は半ば強引に、二階の端にある篤行の部屋に連れていかれる。
「今夜、秋穂は帰らないとか」
「聞きました」
 夫を置き去りにして遊ぶ妻に対する怒りは感じたが、それを篤行の前では表現できない。
「怒らないのか?」
「腹を立ててはいるけれど、それを向ける相手は篤行さんじゃありません」
「大した自制心だな。俺たちは家族ぐるみで君を騙したようなものだ。それでも腹を立てないのか?」
「騙した?」
 意外な発言に、貴郁は眉を顰める。
 騙されたつもりはなかったからだ。
 そのうえ、篤行がこうして立ち入った事情に触れるのは珍しい。
「秋穂がああいう女だと知っていたけれど、君には言わなかった」
 いきなり話が、核心に触れた。
「──最初からこういう筋書きだったのですか?」
 ぽつりと呟いた貴郁の声音を聞き、彼は不意に痛ましげな表情になった。
「もしかして、全然知らなかったのか?」
「変わってる人だと思ったけど……夫に欲しいと言ってもらえて、嬉しかったですから」
 秋穂は自由が欲しいと言っていたから、ある意味では彼女は嘘をついてはいない。
「それに、十分に幸せです。秋穂さんは僕には勿体ない人です」
「模範回答だな。幸せなのは、父がいるからか?」
「!」
 宗晃のことを持ち出されて、弾かれたように顔を上げる。顕著な反応をしてしまってから、貴郁はひどく後悔した。ここで反応すれば負けなのに、世慣れぬところを見せてしまった自分に腹が立つ。
「図星みたいだね」
 それまでの優しさを掻き消し、どこか酷薄な笑みを篤行は口許に刻む。
 見られていたのだ、と貴郁は漸く確信した。
 ならば、何としても誤魔化さなくてはいけない。