ちょこよみリンクス

「幽霊ときどきクマ。」水壬楓子(ill:サマミヤアカザ)

あらすじ
 ある朝、刑事の辰彦は、帰宅したところを美貌の青年に出迎えられる。青年は信じられないことに、床から10センチほど浮いていた。現実を直視したくない辰彦に対し、青年の幽霊は「自分の死体を探してほしい」と懇願してくる。今、追っている事件に関わりがありそうな予感から、気が乗らないながらも引き受ける辰彦。ぬいぐるみのクマの中に入り込んだ幽霊・恵と共に死体を探す辰彦だったが…。

本文より抜粋

 何かはっきりした事件の輪郭が見えてくれば吉井に手伝ってもらうこともあるのだろうし、きっちりと報告を上げる必要もあるのだろうが、なにしろ情報元が幽霊だ。ネット情報以上にあやしすぎる。事実確認は必要だった。
 決していいことではないのだが、事件が膠着している時でよかった、と思う。そうでなければ、幽霊の与太話につきあってはいられない。
『あのー…』
 とりあえず少しはまともな服に、と着替え始めた辰彦に、後ろから声がかかる。
『私も一緒に行くんですよね?』
「ああ…、そうだな。家まで案内してもらわないとな」
 それもそうだが、家族と話す時、やはり近くにいてくれた方が何かと便利……というか、相手の信用も得やすい気がする。
 それに、もし家族にも恵の幽霊が見えるのならば、それはそれで話が早いわけだ。
「そういえばおまえ…、他の人間には見えないのか?」
 さほど…、というか、まったく霊感のない辰彦に見えるということは、たいていの人間に見えてよさそうなものだが。
『ええ…、見えてないみたいです。あなたが寝ている時、一度、この建物のまわりを一周してみたんですけど。猫に威嚇されただけでした』
「猫ねぇ…」
 やはり動物はそういうものに敏感なのか。
『とり憑いた人間にしか見えないのかもしれませんね』
 なぜかうれしそうににっこりと微笑まれ、辰彦は思わず肩を落とした。
 ……なんで俺なんだ?
 確かに実害はないかもしれないが、いつまでもいられると微妙に居心地が悪い気がする。
 だいたいとり憑くなどと言われると、いかにも人聞きが悪い。自分が何か悪いことを生前の幽霊にしたみたいで。
 内心でうめいた辰彦にかまわず、恵が思い出したように続けた。
『あの、それで、この状態だとちょっと身体が不安定なんです。特に外へ出ると』
「不安定?」
 風に飛ばされたりするのだろうか?
『不特定多数の思念にもみくちゃにされる感じで…、気分が悪くなって。霊体である分、ダイレクトに受けるのかもしれませんが』
「ああ…」
 そう言われて、よくわからないままに辰彦はうなずく。
『ですから、アレの身体を借りてもいいですか?』
 と、恵が指さしたのは、棚に飾られたクマのぬいぐるみだった。
「あれは……」
 一瞬、辰彦は言葉に詰まる。
 男の一人暮らしには不似合いな、可愛いクマのぬいぐるみ──。
 それは生まれつき心臓が悪く、十二年前、十歳で死んでしまった弟の形見だった。
 年の離れた弟を辰彦は可愛がっていて、病院にもしょっちゅう足を運んでいた。死ぬ半年くらい前に、ずっと行きたいと言っていた遊園地に一度だけ、連れて行ったことがある。その時のお土産に、辰彦が買ってやったものだ。
 ずいぶんと喜んで、大事にして。死ぬまでずっと、ベッドの横にあった。
「……まあ、いいけどな」
 そっと息を吐き出すようにして、辰彦は答えた。
 生きていれば、ちょうど恵と同い年くらいだろう。……いや、恵も死んでいるのだから、同い年のお仲間、というところか。
 仲間の役に立つのなら弟も本望だろう、と思う。
 ──ただ、問題は。
「よし。行くぞ」
 着替えを終えてふり返った辰彦に、ぬいぐるみのクマが短い片手を持ち上げて、はいっ、と元気よく答える。
 その光景が、ある意味、幽霊そのものよりもちょっと不気味なだけで。