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「別れさせ屋の純情」石原ひな子(ill.青井秋)

あらすじ
 便利屋の渉は、ある日依頼人から「息子の義弥と男の恋人を別れさせてほしい」という相談を受ける。依頼を引き受けた渉だが、義弥の恋人として現れたのは、かつて渉と付き合っていた清志郎だった。戸惑いつつも、仕事と割り切り二人を引き離そうとする渉。だが今も清志郎を忘れられない渉は、好きな人を騙すことに罪悪感を覚えはじめてしまう。そんな矢先、義弥の本当の恋人が清志郎ではない可能性が出てきて…。

本文より抜粋

「なぜ頑なに拒む。妻がいる部屋に入りたくないと言うから真実を話したんだろう。妻も恋人もいないんだから問題はないはずだ。まだほかにも理由があるなら言え。俺とやり直したくない理由をな」
「離してください」
「言ったら離してやる。それとも、言えない事情でもあるのか」
「別に、ないですよ。清志郎とはもう終わったんです。それだけです」
 渉は清志郎の言葉を、即、否定した。別れさせるために義弥に近づいていたことだけは、絶対に知られるわけにいかない。
「俺は終わったとは思っていない。別れ話もしていないし、納得もしていない。突然言われて動揺しているなら、時間を置いてからでもいい。六年もの時間を耐えたんだ。今さら一、二ヶ月ぐらいどうということはない」
「俺は、待っててもらえるような人間ではないんです」
 最終的に二人は白で仕事から外れることになろうとも、騙していた事実はなくならない。渉が引け目を感じている以上、万が一にも清志郎と復縁したとしても、長くは続かないだろう。
「何度も言います。俺は依頼を受けません。ここに来るのも、清志郎と会うのも、これが最後です。六年っていう時間は長すぎたんですよ」
 渉は清志郎の手を振り払った。強くつかまれていたわけではなかったので、あっさりと外れる。清志郎が触れていた場所が熱くなっていたのに、離れた途端にすっと冷たくなって、寂しい。
 ──ごめんなさい。
 渉は清志郎に、心の中で謝った。
 きっちり話をつけられたはずだ。清志郎の思いを聞けたし、渉も、それを聞いた上でやり直しは拒否した。
 本当は、六年を長かったとは思っていない。清志郎と再会してときめいた渉の気持ちに嘘はないし、会ったことで、清志郎がまだ心の中にいたことを再確認した。
 清志郎を信じきれず、傷つけた。それだけでなく、工作するために近づいた。騙した。こんな再会の仕方でなければ、もしかしたら渉は清志郎を受け入れていたかもしれない。
 でも、渉は今の自分を許せない。
 スニーカーを履いているとき、背中に清志郎の気配を感じた。また捕まったら嫌なので、渉が踵を踏んだまま部屋を出ていこうとしたとき。
「渉」
 ドアノブにかけた渉の手を、清志郎が背後から覆いかぶさるようにして押さえつけてくる。
「せ、清志ろ……っ」
 振り返りざまに唇を塞がれ、渉は目を丸く見開いた。
 あまりにも唐突な行為に、体が固まって動けなくなる。
「や、やめ……」
 渉は首を振り、どうにか清志郎から逃げようとした。だが首の後ろに腕が回り、清志郎の体とドアに挟まれ、身動きが取れなかった。
「なんで……、んっ」
 口を開いたら、清志郎の舌が無遠慮に入り込んできた。深く差し込まれ、無理やり舌を絡め取られる。
 清志郎の体を押し返そうとシャツをつかんでいた手はいつしか力が抜けていた。
 いくら体格や力に差があったとしても、渉だって男なのだ。本気で抵抗すれば清志郎だって渉の動きを封じるのは簡単ではないだろう。本気で逃げたいなら突き飛ばせばいい。舌に噛みついて、足を踏んでやればいい。
「好きだからだ」
 清志郎の言葉はシンプルだった。だが飾り気がない分、渉の心にすっと入り込んでくる。
 そんなふうに言われたら、渉は清志郎を押し返せなくなってしまう。やめろと口では言っているくせに、本当は清志郎の背中に腕を回したいと思っている。
 心と口とで正反対のことをし続ける自分が情けなくて泣けてくる。素直に清志郎の胸に飛び込めたら、どれだけ幸せなのだろう。
 目尻に涙がにじんだが、清志郎に悟られないように必死で堪えた。
 無抵抗になった渉をしみ、清志郎が唇を離す。
「俺を清志郎と呼んでいたな。昔の気持ちを取り戻していたんだろう。違うか?」
 渉は清志郎を名前で呼んでいただろうか。わからない。覚えていない。でもきっと清志郎がそう言うのだから間違いないのだろう。昔の記憶や思い出に揺さぶりをかけられて、ついぽろりと言葉が漏れたのだ。
 呼吸が整わず、肩を上下させながら清志郎を見上げた。唇が唾液で光っていて、きっと渉も同じなのだろうけれど、渉は拭う気力すら湧いてこない。
「前にも言っただろう。俺への気持ちがまるでないなら無理強いはしないんだよ。嫌いだ、二度と会いたくない、というならはっきり言え。そうしたら諦めてやるよ」
 射すくめるような視線に、渉は息を呑む。