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「誓約の代償~贖罪の絆~」六青みつみ(ill.葛西リカコ)

あらすじ
皇帝の嫡孫・ギルレリウスを主とする最高位の聖獣・リュセランは、深い愛情を向けてくれる彼を愛し支えたいと願っている。しかし、生まれつき身体が弱いために思うように動けない自分を歯がゆく思っていた。あるとき、辺境にいた皇帝の四男・ヴァルクートが帰還し、初めて会うにもかかわらず本当の主が彼だと絆を通じて知る。信頼していた主との絆は偽りのものだと知ったリュセランは、ギルレリウスを問いただすが、激昂した彼に陵辱されてしまい…。

本文より抜粋

『リュセラン…、おまえの名前はリュセランだ。そして私はおまえの主、ギルレリウスだ。ギルレリウス・ラインハイム=ラグナクルスはリュセランに誓う。生涯にわたって絆を守り保護し続けることを。そしてリュセランはギルレリウスに誓う。生涯にわたる忠誠と至心を捧げることを』
 宣言と同時に、肉体を構成する微粒子と、その肉体に宿る魂が結びつき絡みあう。
 それは美しい織物のように、世界で唯一の模様を描いてゆく。二者の運命は分かちがたく溶けあい、誓約の効力はどちらかが命を落とすまで続くのだ。
 まだ目も開かない幼い獣型のリュセランは、返事の代わりに、口に含まされたままだったギルレリウスの指に、自ら『ちゅ…』と吸いついたのだった。
 あの夜の、指先の疼きを思い出しながら、ギルレリウスは先刻リュセランの口に含ませた人さし指を、そっと噛んでみる。
 それは、ほのかに甘い気がした。
 同時に下腹部から鳩尾、そして胸から喉元にかけて、熱いうねりのようなものが迫り上がる。それは男が女に感じる欲望に似ていた。
「……っ」
 ギルレリウスは息をつめて。リュセランの汗ばんだ寝顔からわずかに視線を逸らした。
 自分の聖獣の無防備な寝姿を見るたび、騎士にあるまじき欲望を覚えるようになったのはいつからだろうか。
 獣型でギルレリウスの寝台にもぐり込み、一糸まとわぬ人型に戻って無邪気にすがりついて眠るリュセランの唇を思うさま貪り、ほっそりとした身体を潰れるほど抱きしめ、白い肌に所有の徴を残したいと切望するようになったのは、いつからか――。
「リュセ…」
 声に出さず名をささやいて、指先でそっと唇に触れてみる。指先は熱のせいでかさついた唇から顎、そして首筋へとすべり落ち、浅い呼吸をくり返している胸へと行きつく。
「…ん」
 くすぐったかったのか、リュセランが眠ったまま小さく頭をふって寝返りを打つ。
 ギルレリウスは意思の力を総動員して、そのままさらに奥を探ろうとしていた己の手を引き寄せて、強くにぎりしめた。
 ――私がこんなにも強く生々しい欲望を抱いていると知ったら、おまえはどうする?
 穢れを知らず、咲き初めの薔薇のように清らかで美しいリュセランの、打算も思惑もなく、ただまっすぐに自分を見つめてくる澄んだ紫色の瞳を、曇らせるようなことはしたくない。自分に寄せられる、無垢な愛情と信頼を損ないたくはない。
 そう願うのと同じ強さで、彼を抱きたいと渇望している自分が時々嫌になる。
「――…」
 無邪気にすがりつき、しがみついてくる腕と指の強さに私がどれだけ満たされているか、おまえ自身もわからないだろう。
 リュセランと誓約を結んで、自分は生まれて初めて無償の愛とはどういうものか理解できた気がする。実の母からも父からも、そして乳母からお与えられることのなかったもの。
 それは見返りを求めず、ただひたすらに与えようとする愛情。嫡男だからとか皇位継承権を持っているからなどは関係ない。
 髪の色も瞳の色も、容姿や能力も関係ない。
 ただギルレリウスという存在を受け入れ、一心に寄りそおうとしてくれる魂。
 それがリュセランだ。
 彼によって無私の愛情というものを初めて知ったと同時に、甘えられ、求められる喜びも知った。
 だからこそ愛おしくて仕方ない。
 自分のどこにこれほどの熱量があったのかと驚くほど、リュセランを求める想いは強い。種族のちがいや同性だとかは問題ではない。
 強く抱きしめて、ひとつに溶けあってしまいたいと、何度願ったことだろう。
 それが叶わないならば、せめて誰の目にも触れさせず、自分以外の何にも興味を持たないよう、屋敷に閉じ込めてしまいたいと夢想することもある。魔獣との戦いも政務も放り出して、リュセランとふたりきり、どこか鄙びた田舎に隠棲して暮らす。
 決して叶うことのない夢だとわかっているからこそ、それは甘美な芳香をまとってギルレリウスを誘う。
「ギ…ル…」
 ふいに名前を呼ばれて大きく脈打った心臓を、急いでなだめて落ち着きを取り戻したギルレリウスは、浅ましい欲望を気取られないよう慎重に感情をおさえて様子をうかがった。
「どうした?」
「今夜は…ずっと、そばにい…て……」
 うっすらと目を覚ましたリュセランが、萎えた腕を必死に伸ばしてすがりつきながら、かすれ声でささやく。
 熱で潤んだその瞳を覗き込んだギルレリウスは、返事の代わりに細い身体をしっかりと抱きしめた。