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「瑠璃国正伝 3」谷崎 泉(ill:澤間蒼子)

あらすじ
 瑠璃国の海子・八潮は、謎が多い貴族・渡海の策略に陥り、彼を「支え」として選ぶことになってしまう。戸惑いと不安を抱えながらも、渡海と逢瀬を重ねるにつれ、彼の自分を気づかう気持ちや優しさにふれていく八潮。渡海を好きになっていく気持ちを抑えられない八潮のもとに、占師が突然現われる。瑠璃国が嵐に襲われると知らされた八潮は、未だ後継者としての証が背中に現われないことに、あせりを感じはじめ…。

本文より抜粋

「ありがとうございます。…あのように盛大な席を用意して頂けて…本当に私はしあわせ者です。全て、渡海さまのお陰です」
「これで…お前は正式な海子だ」
「……」
 低い声で言う渡海の口調は諭すようなものだ。その気持ちは十分に分かるのに、どうしても顔が曇る。特に、御祓の間の扉が開けられなかった後だから、余計だった。
 もし、自分の背中に証が出ていたら…。扉は開いていたのか。開かなかったのは、証が出ていないせいなのか。けれど、開けてしまったら扉の呪いが…かかるのだろうか。
 もやもやした気持ちと共に疑問を抱く八潮の帯に渡海は手をかける。結び目を解き、お披露目の為に作られた豪華な衣装の前をはだける。上半身だけ、着物を脱がせると、後ろを向くように命じた。
「……」
 八潮は背中に垂れている長い黒髪を退け、真っ白な背中を渡海に見せる。すっと大きな掌に撫でられると、はしたないほど、身体が震えた。渡海に触れられている場所から熱さが広がっていくような錯覚がする。
 それだけでも昂揚してしまいそうな身体を、意識して抑えていると背後から呟きが聞こえた。
「…証が出れば……お前はあの扉を開けられるのだな…」
 渡海の声は低く、独り言のようだった。するすると背中を這う掌の動きの方に気を取られてしまいそうになるのを堪え、八潮は息が乱れぬよう気をつけながら、「でも」と返す。
「…本当に…開くかどうかは……嵐が来ないと…分からない…のでしょう」
「…試してみる気あないか?」
 その問いかけに頷くことは出来なかった。扉の呪いというのを頭から信じているわけではなく、それよりも、開かなかった時の方が怖く思えた。
 扉に海子と認められなかったら。自分が扉を開けられなかったら、嵐が来ても瑠璃国を救えない。ただ、自分にそんな能力があるかどうかも、方法も分からない八潮は、複雑な気持ちで緩く首を振った。
「…証が出たとしても……私に海子が務まるのかどうか……分かりません…」
「お前は正統な血を受け継いだ海子だろう」
「たとえ…そうだとしても…嵐が来た時にどうやってそれを鎮めればいいのか…祈りを捧げるという、曖昧な方法しか聞いておりません。具体的な方法などは何も分からないのです。教えを請うべき父は亡くなってしまいましたし…あの扉の存在を知ったのも今日です。扉の向こうに何があるのかも、知りません」
「……」
 不安を訴える八潮を、渡海は背後から抱き締めた。華奢な項に口付け、肩に顔を埋める。唇が這う感触に、八潮は深い溜め息を零す。甘い響きを含んだその音を聞き、渡海は抱き寄せた細い身体を振り向かせた。
「お前は証が出ていないことを気にしすぎだ。お披露目も、代替わりの儀式も無事終わったというその日に弱音を吐いてどうする」
「渡海さま…」
「厭なことがあったせいで、悲観的になっているのだ」
 考えすぎるな…と言い、渡海は唇を寄せる。突然現れた清栄によってもたらされた動揺が、心に影を落としているのは確かだった。何も考えたくなくて、八潮は与えられる口付けを望んで受け止め、渡海の背に手を回す。出かける前、可愛がってやると言った渡海の言葉を思い出すと、身体の芯が疼くように感じられた。
「…っ…ん…っ……」
 渡海に抱かれれば、不安も憂いも忘れてしまえる。もっと強く、激しく抱いて欲しい。そんな願いを込めて、八潮は渡海に縋るように抱きついた。