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「狂おしき夜に生まれ」和泉 桂(ill:円陣闇丸)

あらすじ
 幼い頃、権力闘争で一族を滅ぼされた貴将は、関白に復讐心を抱いて育った。優秀な医師となった貴将は、復讐の機会を得るため年下の国主・暁成に近づく。『人誑し』の才と禍々しくも蠱惑的な美貌で暁成を篭絡した貴将は、いつしか孤独で無垢な暁成に惹かれていった。だが、ある夜、臣下に辱められる暁成のあまりに淫らな真の姿と、秘密を知り……。
 清澗寺一族に科せられた千年の孤独の呪い――その根源を描く、『清澗寺家』シリーズ外伝!

本文より抜粋

「お加減が悪いのでしょう? そのような格好で人に会ってはなりません」
「御簾を下ろしていれば……」
「それでも、なりません」
 忠峰は、常になく頑なだった。
「侍医以外が煎じる薬を飲むなど、本来はあってはならぬこと。よそに知れれば、あの者の立場も悪くなります。私がこっそり受け取ってまいりましょう」
 忠峰の言うとおりだと、暁成は黙り込んだ。
 夜更けに密かに訪れたのは、差し出がましい真似をしているのに悪目立ちしたくないとの配慮かもしれない。それでも薬を届けてくれるのだから、貴将も少しは自分を気にかけているのではないか。
「待て、忠峰」
 乾いた唇が動き、貴将の許へ向かおうとしていた忠峰が足を止める。
「はい」
 言葉にしては、関わりを持っては、いけない。
 何かを望めば裏切られるのは必定だ。
 どうせ貴将も、暁成が気に入ったと知られれば依光に取り上げられてしまうに決まっていた。
 これまで何年も、暁成は依光に虐げられ、希望と名のつくものは悉く奪われてきたのだ。
 今更他人に期待などしても、何も得られはしない。
 なのに、この衝動は何なのか。
 貴将に出会ったときから胸の中に脈打つ、この抑え難い感情は……!
「どうなさいましたか?」
 暁成は深呼吸をし、己の情動を御そうとした。
「――薬が効いたら、改めて、あの者に礼を伝えたい。そのときは機会を作ってはくれぬか」
「ですが」
 宥めるために声が挟まれたが、もう止まらない。
「無理は承知だ。だが、己の言葉で労ってやりたいのだ。私にその程度の自由もないのか?」
 所詮、忠峰は蔵人にすぎない。
 暁成の要求を押さえきるには力不足だ。
「……かしこまりました。効いた場合にのみ、考慮いたしましょう」
「頼んだぞ」
 忠峰が出ていく足音が耳に届き、暁成は地敷に座したまま息を吐いた。
 冷静になり、一人きりで改めて、己の口走った言葉を反芻する。
 普段は忠峰が相手でもあまり自分の意思を表に出さぬ暁成だけに、それは大いなる冒険だった。
 貴将の声。物狂おしさすら呼び起こす、あの美貌。
 熱のせいで思考が乱れているのだろうか。
 一目で心を奪われてしまった。
 ただ美しいだけの男ならばほかにも出会ったことはあるが、貴将は何か特別な輝きを放つ。
 凄艶な美しさと色香を纏うが、その奥底には触れてはならぬ何かを秘めているような気がした。
 こんなにも心を掻き乱される相手に出会うのは、きっと生まれて初めてだ。
 交わした言葉は形式的でしかないのに、そのひとつひとつが旨の奥にまでずしりと響く。
 そしてあの、胸の疼きすら呼び覚ます指先。
 暁成はそっと、己の心の臓のあたりを押さえる。
 それから、横になったほうがいいだろうと衾に潜り込む。
「たかまさ」
 その名を微かに呼んでみると、自ずと胸が震えた。
「貴将……」
 頭から衾を被ってもう一度呼ぶだけで、甘い幸福が押し寄せてくる。
 もしや、貴将こそが暁成の探し求めてきた相手ではないのか。
 幼い頃から暁成を苦しめてきた呪いを打ち砕く、伴侶なのかもしれない。
 そう考えると、熱と昂奮に頭がくらりとした。
 期待しすぎてはいけないとわかっている。自分は彼に再会できた喜びで、舞い上がっているのだ。
 しかし、この直感が正しいかどうか知るためにも、何としてでも彼にもう一度会いたい。とにもかくにもまずは薬を飲んで熱を下げなくてはいけないと、暁成は固く決意した。