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「氷の軍神 ~マリッジ・ブルー~」沙野風結子(ill:霧壬ゆうや)

あらすじ
 中小企業庁に勤務する周防孝臣は企業の海外展開を支援するため、ドイツへ視察に向かう。財閥総帥の次男、クラウス・ザイドリッツに迎えられ、「冷徹な軍人」の印象を持つ美貌の彼と濃密な時間を過ごすことになった。帰国前日、同性であるクラウスの洗練された魅力にあらがえないことに思い悩む孝臣は、ディナーで突然、意識をなくしてしまう。目覚めた孝臣に待っていたのは拘束され、クラウスに「淘汰」されることだった…。

本文より抜粋

「危ないだろっ。墜落でもしたら、どうするつもりだ」
 焦点の甘いアイスブルーの眸が間近から覗き込んできた。
「墜落したら、嬉しいか?
「──」
「それとも……悲しいか?」
 孝臣は視線を逸らす。
「くだらないことを、訊かないでください」
「タカオミ」
 クラウスの額が額にくっつく。
「今日は君の結婚式だったな」
「…………」
 さすがに今日は一日に何度もゆかりのことを思い出した。
 彼女はいまどんな気持ちでいるのだろう? 行方不明の婚約者を待っているのか、それとも四ヶ月もたって死んだと諦めているのか。
 いずれにしても悲嘆に暮れているに違いない。
 ──ゆかりにつらい思いをさせて……それなのに、俺は……。
 自分を陥れた男に触れられて、胸を痛いほど高鳴らせている。
 孝臣は自嘲ぎみに問う。
「俺を断種できて満足ですか?」
「ああ。満足だ」
 唇が重なりそうになって、孝臣は顔をそむけた。
「今日だけはやめてください」
 クラウスが薄い唇を歪める。そして、孝臣を突き飛ばした。酔っているせいか斟酌ない力だった。
 床に転倒した孝臣の側頭部が、ベッドの脚にゴッとぶつかる。
「うぅ」
 倒れている身体をベッドのうえに引きずり上げられる。
「女に操立てするのか? まだ結婚に未練があるのか?」
「……今夜、だけは、彼女のために」
 我ながら身勝手だと孝臣は思う。けじめをつけて、彼女のことを完全に切り離そうとしているのだ。
 クラウスが耳元で囁く。
「そんなことを言って、今日も綺麗に『性器』の準備をしてあるんだろう?」
 見透かされて、孝臣は首筋をカッと赤くする。
「君はもう、女では満足できない」
「俺は」
「私でなければ、君を満たせない」
 孝臣はきつく目を閉じた。
 肉体だけではない。精神もまた、クラウスでなければ満たされなくなっている。
 クラウスの体重のすべてが、仰向けになっている孝臣へとかけられる。
 今日も抱かれるのだ。ゆかりに対する最低限のけじめすらつけられないことを情けなく思う。
 男の腕に抱き締められる。
「……」
 孝臣は訝しく目を開いた。クラウスは孝臣をただ強く抱き締めたまま動きを止めていた。眠ってしまったのかと思ったが、抱き直されて、彼が意識的に動かずにいるのだと知る。抱く力が、次第に増していく。
「ふ」
 骨が軋み、肺を押し潰される。息がうまくできない。
 しっかりした骨格と筋肉を持つ孝臣ですら耐えがたいほどの負荷になる。
 クラウスのなかに取り込まれていく恍惚感と、破壊されていく恐怖とが絡みあう。
 ──クラウス…っ。
 彼にだけは、自分の肉体をどうとでもする権利があるように思われた。犯すことも殺すことも、彼が与えるものならば受け入れてしまえる。それほどまでに。
 ──愛してる。
 いまにもその言葉が口から押し出されてしまいそうだった。
 意識が飛びそうになりながら、孝臣はクラウスの背中に両手を這わせた。苦痛に震える手指でたどたどしく撫でる。その背は筋肉を膨らませ、震わせ、鋼のように硬くなっていた。
 全身に痺れがまわっていく。