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「飼われる幸福~犬的恋愛関係~」剛しいら(ill.水玉)

あらすじ
大学生の満流は、姉から押し付けられたダメ犬のトイプードルに悪戦苦闘していた。まずは去勢と予防注射を受けさせようと近所の動物病院を訪れた満流。そこでとても親切で熱心な獣医の彩都が、犬の躾を教えてくれることになった。さっそく彼の自宅で躾合宿を行うが、スキンシップが激しい彩都が教えてくれる躾はどうもおかしい。犬の躾と同時に、家族構成や恋人の有無、首輪をして犬の格好になったりと、徐々に過激になっていき――!?

本文より抜粋

「飼い主から貰えるご褒美は、食事やおやつだけじゃない。安全な寝場所や、病気の時の介護、そんなものも必要だけれど、一番必要なのは……これなんだ」
「……」
 人間の言葉で返事をしたら、いけないような雰囲気になってしまった。だから満流は、黙ってじっとしていた。すると彩都の手は、大きな犬を撫でるようにますます優しくなり、背中から耳の後ろ、顎の下へと動いていった。
「愛だよ……。犬は主人を無償で愛す。主人は飼い主としての義務を果たすと同時に、その愛に答えるべく、犬を愛するんだ」
 彩都の声には、催眠効果でもあるのだろうか。言葉はじんわりと心に染みこんでいく。
 たかが犬を飼うだけなのに、愛が何より大切だと言われると、ますますドルを飼うことの責任が重く感じられる。
「犬の十戒を読んだだろう? 僕はね、あの最後の章で、いつも泣いてしまうんだ。どうか最期の時も……私の側にいてください。あなたがいるだけで、私は幸せなのだから。私は……あなたを愛しているのです」
 そこで彩都は、うっと喉を詰まらせた。
「どんなに愛し合っても、人間は裏切ることがある。なのに犬の愛は、死ぬまで変わることはない……」
 彩都は袖で目元を拭うと、いきなりがばっと満流の上に覆い被さり、きつく抱きしめてきた。
「もちろん犬だって、最初からそんなに主人を愛しているわけじゃない。ドルを見れば分かるだろ」
 こくこくと満流は頷く。まさかワンッと返事をするわけにはいかなかったからだ。
「一緒の生活が続いていくうちに、絶対的な信頼関係が結ばれるんだ。そこには打算なんてものはない。金持ちだとか、容姿がいいとか、男とか女とか、人間だったら引きずるようなことが、犬には一切関係ないんだよ」
 そんな愛があるなら、満流だって手に入れたいと思う。まさに打算とエゴの塊のような姉が経験する恋愛なんか、ちっとも羨ましいとは思わないが、彩都が言うような恋愛ならしてみたかった。
「運命で巡り会ったもの同士、最期の瞬間まで、愛は続くんだ。ミツル……そんな関係に憧れないか?」
「……それは……憧れるけど」
「だったら……犬になればいい。僕の犬に」
「えっ?」
 これは告白なのだろうか。
 それにしてもあまりにも早く、いきなりの展開で満流は考えをまとめることも出来ない。
「犬に変身することを、嫌がらなかったね。それは、僕の命令だったら、ミツルは苦にならないって証拠だ」
 抵抗する余裕もなかった。気がついたら犬の恰好をさせられ、彩都の言葉を聞いているうちに、すっかり犬気分になっていたのだ。
「もう何も心配しなくていいよ。最高の飼い主になってあげるから」
「……」
 そのまま彩都は顔を近づけてきて、満流の顎を捉えて上を向かせると、素早く唇を重ねてきた。