ちょこよみリンクス

「いとしさの結晶」きたざわ尋子(ill.青井 秋)

あらすじ
 かつて事故に遭い、記憶を失ってしまった着物デザイナーの志信は、契約先の担当である保科と恋に落ち、恋人となる。しかし記憶を失う前はミヤという男のことが好きだったのを思い出した志信は別れようとするが保科は認めず、未だに恋人同士のような関係を続けていた。今では俳優として有名になったミヤをテレビで見る度、不機嫌になる保科に呆れ、引きこもりの自分がもう会うこともないと思っていた志信。だが、ある日個展に出席することになり…。

本文より抜粋

 絶対に見つけだして、俺のものにする。だから待ってろ──。
 そう言ってくれた男の声は、数年たったいまでもはっきりと思い出せた。何度も夢のなかで繰りかえされるのだからそれも当然だ。けれども耳に強く残っている声とは違い、顔は当時のそれをよく思い出せなくなっていた。覚えているのはギラギラとした野性味を感じさせる目と、全体的な印象のみだ。それだけがいまでも脳裏から離れていかない。
 記憶に残る「彼」のイメージは黒だった。染めていなかった髪は黒く、服装も黒っぽいことが多かったからだろう。地味そうに思える配色なのに彼はかなり目立ち、大勢のなかにいても、すぐに見つけだすことができた。もちろん長身だったせいもあるが。
(ミヤ……)
 目を覚まし、まだ半分ほど眠りのなかでたゆたいながら、津島志信は懐かしい過去に思いを馳せていた。
 あれは四年前のことだ。
 たったの四年というべきか、もう四年というべきか。人それぞれだろうが、志信にとってはずいぶんと昔のことに思えた。
 ふとした出会いから始まって、付きあいは三年近く続いた。ほどよい距離感が心地よく、ずっとそれが続けばいいのにと、叶うはずのないことを何度も考えた。
 思えばあの何年かが、志信にとって一番楽しかった時期と言えるかもしれない。
 あの男は年齢にそぐわない大人びた容姿と言動で、周囲の者たちから慕われ、常に人の輪の中心にいた。近づくことを許されたのはほんの一握りの者たちで、なかでも志信は一緒にいるときは常に彼の隣にいたものだった。
 ほのかな恋心に最初は気付かず、ただ居心地のよさに惹かれているのだと思っていた。一緒にいると安心できたし、誰といるよりも自分らしくいられた。
 だが恋人ではなかった。好きだったし、向こうからも好きだと言われたが、志信は彼の想いに応えることはしなかった。
 最後に会ったとき、志信は十八になったばかりだった。桜の花が色づき始めた頃だったと記憶している。
 あれから四年がたち、いろいろなことが変わってしまった。
(待てなかったもんなぁ……)
 彼の言葉を一度は忘れてしまったし、彼を待つこともできなかった。だからもう待つ資格はないと思っている。
 志信は自分を抱いて眠っている男をちらりと見て、小さく溜め息をついた。
 ここにいるのは思い出のなかの彼ではない。彼ではない男に志信は昨夜も抱かれ、こうして一緒に朝を迎えている。
 保科貴哉という名のこの男は、志信より三つ年上の二十五歳だ。いまの志信には、もっとも近いところにいる人間と言っていい。
 眠る横顔をじっと見つめる。
 ラインがよく似ていると思う。体格や声、顔立ち──特に目もとは彼にとてもよく似ているが、全体の印象はまったく違っている。
 保科の涼しげな目は、切れ長であることは共通していても、野性味など欠片もない理知的なもので、普段はどこの角度から見てもインテリ臭い。ただ眼鏡を外し、後ろになでつけている髪を下ろすと雰囲気はがらりと変わり、男の色気を垂れ流すようになる。言うなればセクシーなのだ。そういうときの保科は、昔好きだった彼を強く思いださせた。
 だから三年前の志信は保科を彼と重ね、受け入れてしまったのかもしれない。
 かもしれない、などと曖昧なことになっているのは、当時の志信は記憶そのものが曖昧だったからだ。四年前に遭った交通事故の影響で、志信の記憶はいまだに一部戻っていない状態であり、三年前は今よりもひどくて、好きだったあの男の存在も、その言葉も忘れていた。
 事故から四年たった現在は、いろいろと思いだし、生活するにあたって特に問題がないところまで回復している。一部の記憶は抜け落ちたままだが、そこは仕方がないものと思うようにしていた。