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「秘匿の花」きたざわ尋子(ill:高宮東)

あらすじ
 病床の英里は、死期が近づくのを感じていたある日、一人の優美な外国人男性が英里の前に現れ、君を迎えに来たと言う。カイルと名乗るその男は、英里に今の身体が寿命を迎えた後、姿形はそのままに、老化も病気もない別の生命体になるのだと告げた。その後、無事に変化を遂げた英里は自分をずっと見守ってきたというカイルから求愛される。戸惑う英里に、彼は何年でも待つと口説く。さらに英里は同族から次々とアプローチされてしまい…。

本文より抜粋

 痛いほどの力と、真摯な目。伝わる熱に、胸が騒いだ。
「だめだ」
「だ……め、って……」
「とっくにわかってると思うが、はっきり言うぞ。俺はおまえが好きだ。惚れてる。だから、諦められちゃ困る」
 はっきりと言葉で想いを告げられ、英里は戸惑った。カイルが口にした通り気付いていたから驚きはない。だがどう返答したらいいのかまでは考えていなかった。
 カイルは優しい。それはベタベタと甘やかすだけのそれではなくて、英里の気持ちを考えて待ってくれるそれだ。大人なくせにときどき子供っぽいところも垣間見せ、可愛いとさえ思ったこともある。惹かれていないと言ったら噓になった。
 だが英里には、カイルの気持ちを受け入れるつもりがない。いくら向けられる好意をいやだとは微塵も思っていなくても、くすぐったくて、素直に嬉しくても──。
 振りきるように英里はかぶりを振った。
「ごめん。嬉しいけど……」
「待て。いますぐ返事はするな」
「え?」
 思わず顔を上げると、カイルはまっすぐ見つめたまま英里の両手を取った。
「YESか、ほかに好きなやつができた。この二つ以外の返事は受け取らない」
「ちょっ……え、ええ……?」
「どっちかの返事をするまで、俺は何年だって待つからな。五百年あるし」
「な……なに、言ってんのカイル……」
 受け入れるつもりもないのに、縛りつけるわけにはいかない。いくら寿命が長いとはいえ、無駄な時間を過ごさせるのは心苦しいのに。
「言っておくが、ただ待つ気はないからな。きっとうるさいくらいに口説くし、たぶんちょっかいも出す」
「はい?」
 ぐいっと腰を引きよせられ、ギリギリまで顔を寄せられた。見惚れるほどの男らしい美貌が間近に迫り、どぎまぎした。
 少し厚めの唇が頰に触れ、こめかみや首に落とされる。だが唇には触れてこなかった。
「ちょっ……カイル……!」
「嫌悪感があるのか?」
「な、ないけど……でもっ」
「だったらおとなしくしてろ」
「っぁ……」
 耳朶を噛まれて、思わず声を上げてしまった。昔からそこは弱い場所だったが、身体を構成するものが変わってもそれは変わらなかったようだ。むしろ感度が上がったようにさえ思える。
 ぞろりと舌先を耳に入れられて、ぞくぞくとした甘い痺れが這い上がってきた。力がうまく入らず、たくましい腕に支えられていなければ立ってもいられない。かすかに震える指先は、弱々しくカイルのシャツをつかむばかりだった。
 いつの間にか腰のあたりを大きな手で撫でられ、そこからおかしな感覚が生まれている。
「だめ……だって、ばっ……」
「いや、じゃないんだな?」
「えっ?」
「男にこんなふうに触られて、気持ち悪いか?」
 問いかけると同時に、カイルは愛撫をやめた。身体をまさぐっていた手は、いまは英里の頰に添えられている。
「……悪く……は、ないけど……」
「キスも?」
「…………」
 頰やこめかみへのキスは問題なくても、唇へのそれとはやはり違うだろう。してもいないのにわかるはずもなかった。
 だがとわからないと正直に言えば、次に来る行動は予想が付く。だから英里はあえて黙っていた。
「確認するか」
「ちょっ……」
 顎を指先で掬いあげられたかと思ったら、次の瞬間には唇を塞がれていた。制止する間もありはしなかった。
 重なっただけの唇はすぐに離れていき、深いグリーンの瞳がじっと英里を見つめた。
「なに、これ……実験?」
「確認と言ってくれ。どこまで踏み込めるか、距離を計ってるんだよ」
「計ってるっていうのか、これ……」
 むしろじわじわと攻め込まれているように感じて仕方なかった。かなり困惑しているが、いやではなくて、さらに困ってしまう。
「舌入れていいか?」
「真顔で言うことじゃないと思うんだけど」
「だめともいやとも言わないんだな」
「えっ、あ……」
 だめだと続けようとする前に、またも強引に唇を奪われた。
 カイルは英里の頭の後ろに手を添えて逃げられないようにしてから、下唇を舐めてそのまま舌先を入れる。
 強引なのに奪うようなキスではなく、まるで蕩けさせるようなキスだった。性急に舌を追いまわしたりはせず、ゆっくりと英里を絡め取って理性を溶かしていく。頭がぼうっとして、逃れようという気もなくなってしまう。
 英里の知っているキスとは違っていた。かつて交わしたキスもそれはそれで気持ちがよかったはずだが、こんなふうに溶けそうな気持ちよさを感じたことはなかった。
 腕に抱かれたまま英里は草むらに横たえられ、ふたたび身体をまさぐられた。感じるところをいくつも触られるあいだもキスは続き、甘い声さえも呑みこまれた。
 器用な指はシャツのボタンを外し、薄い胸をあらわにする。日に焼けない白い肌にうっすらと色づく部分を、指先がきゅうっと摘んだ。
「んっ、ぅ……んん……」
 いじられるたびに、びくびくと身体が震える。久しぶりの──この身体では初めてにもかかわらず、戸惑うほど感覚は鋭敏だった。
 精神的にはそうじゃなくても、身体は初めてなんだから、こんな反応はしなくてもいいのに──。
 ようやくキスをやめた唇が今度は胸に吸いついた。
「ぁん……っ、や……あ……だめ、だっ……てばっ……」
 しゃぶられ、自由になった口からはあられもない声が出てしまう。
 いけないと思うのに身体に力が入らない。力の入らない腕でカイルを押し返そうとしても、がっしりとした身体はびくともしなかったから、足をばたつかせて身を捩って、なんとか押しとどめようとした。
「いやか?」
 また同じ問いかけをするカイルは、あくまでも冷静だった。深いグリーンの目には確かに欲望の色が宿っていたが、それはまだ理性の下にあるようだ。
 頷けば、きっとすぐにでもカイルは離れていくだろう。だが噓はつきたくなかった。
「……いやじゃ、ないけど……」
「けど?」
「カイルの恋人になる気はないから、だめ。セフレもやだ」
「俺は身体から入っても、いいんだけどな。愛してるって言い続けたら信じてくれるか?」
 恋愛感情をぶつけられ、恋人になることを求められる──。それはかつて英里が経験したことだから、どうしても二の足を踏んでしまう。
「……人の気持ちなんて、簡単に変わるよ。だめになったとき、どうすんの? 俺たち数が少ないんだから、いやでもお互いに目に入るよ?」
 たとえカイルが平気でも、カイルの新しい恋人は平気ではないかもしれない。英里だってきっと、別れた相手とは顔をあわせづらい。
「始まってもいないのに、終わったあとのことを考えるのか?」
「恋愛に関しては前向きになれないんだよ。だったら最初から始まらないほうがいい」
「英里の気持ちはわかった。だが始めようっていう俺の気持ちは否定してくれるなよ。口説くのは俺の勝手だからな」
 ようやく押し倒していた身体を起こしてくれたカイルは、乱れた英里の衣服を整え、頰から首にかけてするりと撫でた。