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「ドレスダウン」神楽日夏(ill.雨澄ノカ)

あらすじ
 大学生の笹生暁は、平凡で個性がないと言われながらも、モデルのバイトを続けていた。そんなある日、暁は新進気鋭のデザイナー・加賀谷隆介に、新ブランドのイメージモデルに抜擢される。モデルや俳優としても活躍した経験を持つ加賀谷は、暁にとっても憧れの存在だった。妥協を許さない加賀谷の仕事ぶりに触れ、彼に相応しいモデルになりたいと思うようになった暁。しかし、その想いは次第に尊敬以上の気持ちになり...。

本文より抜粋

「ん......」
 ソファの脇に垂らした手の甲を舐められている。
 これは、ネネが「起きて」って催促するときの合図だ。
 べろんと舐める舌が、ネネにしては大きい気がしたが、その感触は習慣で暁の目覚めを促した。
 暁はぱちんと目を開き、次の瞬間、息を呑む。
 目を覚ましたはずなのに、視界が一面黒かったのだ。ただ黒いだけじゃなくて奥から光っている。
 自分が見ているものがなんなのか理解したのは、鼓動がドクンと鳴ってからだ。
「あ......」
 至近距離から、黒い瞳に見つめられていた。
 人の視線に物理的な力などあるわけないのに、鋭く強いまなざしに射貫かれて、暁の胸には刺されたような痛みが走る。
 そして、この目の持ち主が誰か知っている、と思った途端に、自分が今、どこにいるのかわからなくなった。
〈カメラ・オブスキュラ〉を出たあとに電車に乗ったはずだ。それなのになぜ、カフェの壁を飾っている加賀谷隆介の顔が目の前にあるのか。
「加賀谷さん......」
 暁がその名を呟くと、それまで瞬き一つしなかった男が、片方の眉を撥ねあげた。
 間近に迫った顔は動いているから、写真じゃない。
 加賀谷はソファの背に手をついている。すっぽり収まっている暁の顔を、覆いかぶさる体勢で上から観察するように。
 ――本物の加賀谷隆介だ。