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「甘い水 2」かわい有美子(ill:北上れん)

あらすじ
 SIT――警視庁特殊班捜査係に所属する遠藤は、一期下である神宮寺に告白され、同僚以上恋人未満の関係を続けていた。母を亡くした際の後悔から、自分が自ら生きることも死ぬことも選べなくなった時には、生命維持装置を止めて欲しいと考えていた。そしてその役目を神宮寺に託したいと、次第に思うようになる。そんな中、鄙びた旅館で人質立てこもり事件が起こり、遠藤たちは現場へ急行するが…。

本文より抜粋

「死ぬのはさ、言うほど怖くないんだよ」
 遠藤はわずかに首をひねった。
「本当に怖いのは、うちの母親みたいに生きることもできず、自分で死ぬことも選べないことなんじゃないかなぁ…。俺さぁ、家族いないだろ? ほら、何かあった時に最終的に決断してくれる人間がいないなって…。怖いっていうなら、それが一番怖いかもな」
 遠藤は言うと、そうだ…、と空になったカップを手に神宮寺に目を移すと笑った。
「なぁ、お前が止めてくれよ。俺達、つきあってるんだろ? 前は俺に何かあった時、そんな決断下してもらうのは、生方さんかなって思ってたけどさ。お前の方がいいや」
 遠藤がどれほどの思いでそれを言っているのかわからないが、ざっくばらんに聞こえる言葉はきりきりと胸に痛い。
 しばらく押し黙ったあと、神宮寺は口を開いた。
「…あんたは俺に、とどめ刺してくれるんですか?」
 正直、少し腹も立っていた。
 神宮寺の言葉が思いもしなかったのか、遠藤は戸惑うような表情を見せる。
「お前、すごくいいご家族がいるじゃないか」
「でも、どうしてもっていうことになったら、俺は遠藤さんに頼みたいです。俺の父親でもなく、母親でもなく…」
「それはお前のご両親に申し訳ないだろ?」
 何を言ってるんだと、遠藤はいつものように明るく、少し軽い笑いを洩らす。
「それでも…!」
 神宮寺は軽い笑いではぐらかそうとする、それ以上内面に踏み込ませるまいとする遠藤を前に、低く言い切った。
「俺は、あんたに頼みたい」
 神宮寺は指を伸ばし、遠藤の頬に触れる。
「SATにいた時…、もし、あの頃なら、俺達に何かあった時、あんたはとどめ刺してくれたでしょう? あの時、俺達の間には絶対にそれだけの信頼関係はあったはずだ」
 確かに仲はよくなかった。むしろ、嫌われてさえいた。
 それでも、あの時、それこそ自分達が全員倒れて生きることも死ぬことも選べなくなった時、指揮を執っていた遠藤には、自らの責任で『楽にする』という選択をしてくれたはずだ。
 喩えは大げさなのかもしれないが、それだけの絶対的な連帯感と信頼関係はあった。
「あれは任務だからだ。お前じゃなくて、田所が急所撃ち抜かれて苦しんでても、その責任は取る。助からないとわかってるなら、それ以上は苦しめない」
「今も一緒ですよ。あんたは俺より上の統括警部補で一期上、先輩格です。SAT時代と同じように、田所が苦しんでたら、今もとどめ刺せるでしょう? それと一緒です」
「一緒じゃない!」
 遠藤は叫ぶと同時に、頬に触れた神宮寺の指から、まるで怯えたような顔で逃げた。
「一緒じゃない、神宮寺…」
 遠藤はせわしなく瞬きを繰り返す。
「…勘弁してくれ。俺はまた…」
 その言葉の続きを、目を逸らした遠藤は喉の奥に飲み下す。
 神宮寺はしばらく待ったが、遠藤は首をひと振りすると、公園に来るまでの能天気な明るさが嘘のように、強張った顔で立ち上がる。
「俺より先に死ぬな。な?」
 それでいいだろ、と遠藤は空いたカップを手に神宮寺を離れ、先に立って歩き出した。