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「暁に濡れる月 下」和泉 桂(ill.円陣闇丸)

あらすじ
 清澗寺伯爵家に引き取られた泰貴は、自らの呪われた血にあらがいながらも、双子の兄・弘貴から次の当主の座を奪おうと画策していた。そんな中で家庭教師の藤城に恋した泰貴は、彼の冷酷な本性を知り衝撃を受ける。隷属を求め、泰貴を利用しようとする藤城に反発し、泰貴は恋を諦めようとする。
 一方、闇市の実力者・曾我との関係を深める弘貴は、闇市の利権を巡る抗争に巻き込まれてしまう。
 時代の荒波は、否応なしに清澗寺家をも呑み込んでいき――。清澗寺家シリーズ第二部完結巻!

本文より抜粋

「清澗寺は呪われた肉を持つ一族。かつては秘技秘術をもって帝にお仕えしたが、それも昔の話だ。明治になって初代の清澗寺伯爵が上京して以来、清澗寺は己のためだけに生きている」
 表面的な知識は得ていたので、泰貴は曖昧に頷き、自分が引っかかった部分について問うことにした。
「呪われた肉というのは?」
「満たされることのない欲望」
 伏見は少しだけ低い声になったが、すぐに続けた。
「清澗寺の人間はたいていが色深く、情欲に溺れる傾向にある」
 忘れようと心がけていた和貴のおぞましい痴態を思い出し、泰貴ははっとした。
「だが、それをまるで制御できないわけではない。現に冬貴はだいぶおとなしくなったし、和貴君もよい父親であろうと努めているだろう?」
「……ええ」
「ならば、深沢君とのことは、少しくらい目を瞑ってやりたまえ」
 いきなり窘められて、泰貴は仰天する。
「あ、あの……それは……」
「和貴君は本質的にとても脆い人格の持ち主で、ああして深沢君に重苦しいくらいに束縛されていないと、自分を保てないんだ。今は君たちがいるが……子供はいつか親の手を離れるものだ。彼には、自分の魂を縛りつけておく重石が必要だ」
「そんなの、ただの言い訳です」
 尖った声音で言い放ってから、しまったと思ったが、もう遅かった。
 それを聞いた伏見は小さく笑んだ。
「そうだね。同じことを昔、和貴君も考えていただろう。だが……」
 そこで伏見は一度話をやめ、そして、微かに首を振った。
「すまないね、昔話は退屈すぎるか。老人の繰り言は兎角長くなってしまって困る」
「いえ。──それで、快楽に溺れるのが、清澗寺の本質なのですか?」
「孤独だ」
 不意に、伏見の声が厳しさを帯びた。
 突き放すような冷ややかな口調に驚き、泰貴は思わず足を止め、彼をじっと見つめてしまう。
「孤独?」
 ──お母さんは昔、お姫様だったのよ。森の奥、千年の孤独を閉じ込めたお城で、美しいお兄様たちと暮らしていたの。
 母の言葉が、懐かしく脳裏に甦ってくる。
「そうだ。快楽に溺れるだけでは、人は孤独になる。そこに情とぬくもりがなくては、人は寂寥から抜け出せない」
 不思議な言葉だった。
 膚と膚を重ねれば、自然と躰が熱くなるものだ。
 それに、和貴にも道貴にも、無論冬貴にも、自分たちの人生を共に歩む伴侶がいるはずだ。
 彼らが孤独なようには見えなかった。
 その疑問を掬い取ったらしく、伏見は更に言葉を重ねる。
「冬貴の代になってやっと、少し状況が変わったんだ。彼らは孤独を癒す術を知った。だが、まだ呪縛は解けていない。完全な解放は、君たちの世代に託されているのだろうね」
 伏見は足を止め、泰貴に向き直った。
 真っ直ぐな目で、彼は泰貴を射貫くように見つめる。老人とは思えぬほどの、力強い視線だった。
「孤独の果てにあるものを掴むがいい」
 伏見の朗々たる発音が、鼓膜を打つ。
「明けない夜はどこにもない。君たちは新しい清澗寺だ。新しい時代は君たちのためにある。だから、君たちの望むように生きればいい」
 伏見の声には、迷いなどなかった。
「君たちの未来を、見たいと思っているんだよ。私も、和貴君も、冬貴も……きっと鞠ちゃんも」
「はい」
 同意するつもりなどなかったのに、泰貴は伏見の言葉に無意識のうちに頷いていた。