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「暁に濡れる月 上」和泉 桂(ill.円陣闇丸)

あらすじ
戦争で家族と引き裂かれた泰貴は美しい容姿と肉体を武器に生き延び、母の実家・清澗寺伯爵家に辿り着く。当主・和貴の息子として不自由せず育った双子の兄・弘貴と再会した泰貴は、己とは正反対に純真無垢な弘貴に激しい憎悪を抱く。心とは裏腹に快楽を求める肉体――清澗寺の呪われた血を嫌う一方で、泰貴は頭脳と躰を利用し、兄を陥れて家を手に入れる計画を進めていく。そんな中で家庭教師・藤城の優しさに触れ、泰貴は彼を慕うようになるが……。

本文より抜粋

「あぁっ!」
 ベッドが軋むほどに突かれて、和貴が顎を跳ね上げた。喉から鎖骨にかけての線の艶やかさに、弘貴は暫し見惚れる。
「…待っ…て、…」
「どうかしましたか?」
「ドア……」
 どきりとした。
 動きを止めた深沢が、冷酷な調子で笑う。
「ああ、開いてますね。ですが、あなたの可愛いお子さんたちは寝ていますよ」
 明るい室内からでは、真っ暗な廊下の様子は見えないのだろう。それでも、いけない真似をしている緊張に、膝が震えて力が入らない。
「で、でも、いやだ……閉めて」
「ご子息を起こしたくないのなら、口を噤んでなさい」
 深沢の息は幾分乱れていたものの、和貴に比べれば遥かに冷静だった。
「だめ、あっ…、よせ…ッ……」
 ぐるりと腰を回すように動かされ、和貴が悲鳴を上げる。
「辱められて、感じているくせに? 説得力が欠片もありませんよ?」
「やめ、…、いいっ…ああ……」
「嫌なのにいいんですね? 清澗寺家の当主はいくつになっても淫乱というわけだ。──さあ、種付けをおねだりなさい」
 助けたほうがいいのか。それとも、これは父と深沢にとって必要な営みなのか。
 喉が渇き、指先が痺れる。疼きが全身に広がっていく。
「行こう」と耳打ちとともにぐっと後ろから服を引かれ、弘貴は我に返った。
 あたかもその場に根を張ったように足が動かなかったが、とにかく歩きださなくてはいけないと、弘貴は無言で首肯した。
 泰貴に引き摺られるようにして自室に戻ってきた弘貴は、口も利けなかった。
「わかっただろ?」
 寝台に腰を下ろした弘貴の前に直立し、冷えた口調で泰貴が切り出した。
「な、何を?」
「あれがおまえの大好きな、父さんの正体だよ! 今までずっと、ああやって深沢さんに抱かれてたんだ。おまえがウォルターにされそうになったことと、おんなじだ。父さんの場合は悦んでるんだから、よけいにたちが悪い」
 泰貴が父を詰っているのだと気づくまで、少し間が必要だった。
「おまえは父さんに騙されてたんだよ。深沢さんが自分の愛人だなんて言わなかったはずだ」
 義理の兄弟ではなく、愛人。
 突然、その言葉が重い意味を持って胸に迫ってきた。
「深沢さんだけじゃない。父さんは清澗寺家に有利になるように、ああやって男に脚を開いてる。GHQの男妾って言われるのも当然だろ!」
 足の裏からじわじわと冷えが這い上っていったが、それを感知するのさえも億劫だった。
 これまで自分が目にしてきたものは、すべてが偽りだったのだ。
 和貴と深沢の関係は、友情の延長だと思っていた。そこにあんないやらしいものがあるなんて、知らなかった。和貴は一度たりとも、そんなことを匂わせなかったじゃないか。
 いや、それはいいのだ。
 和貴は今まで、自分にとってよき父親で、また、彼は努めてそうであろうとしてくれた。
 けれども、今夜、それだけではないと知ってしまった。
 和貴は、父である前に生身の男だった。
 深沢に組み敷かれて身悶える和貴に、普段の理知的な美しさは欠片もなかった。男の股座に顔を埋めて奉仕に耽る姿も、品位なんてどこにもなくて。
 なのに、泣きながら哀願する彼はとても綺麗で、どうあっても目を離せなかったのだ。