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「RDC ―メンバーズオンリー―」水壬楓子(ill:亜樹良のりかず)

あらすじ
 RDCでマネージャーを務める高埜と、オーナーの冬木には知られざる過去があった。高埜は父を亡くしてからは母に何かとあたられ、金が必要になるたび客を斡旋されたりしていた。母に見つからないよう生活費を稼ぐため街で客を捜していた高埜はある日、AVにスカウトされる。しかし、約束に反して無理矢理撮影されそうにり、そのAV会社の社長の冬木に助けられた。その後も何かと面倒を見てくれる冬木に高埜は惹かれてゆくが…。

本文より抜粋

 にらみ上げようにしてぴしゃりと返した高埜に、ふむ…、と冬木が考えるように顎を撫でた。
「じゃあ、私が君を買えばいいのかな?」
「法律に引っかかるんじゃないですか?」
 皮肉な調子で高埜は指摘した。
 さっきそう言って重森を解雇したばかりだ。違法なことはしない、と。
 本当だろうか……? と疑わしくはあるが。AV制作の仕事をしていて。
「そうだね」
 冬木が苦笑する。
「だったら、予約しておこう。予約金として払うよ。君が大人になったらちゃんと抱かせてもらうから」
「予約?」
 そんな思いがけない言葉に、高埜はちょっととまどった。
 だが、結局言葉遊びでしかない──と思う。
 冬木は高埜の名前も住所も知らないわけだし、聞かれても本当のことを言うとは限らない。そのくらいのことは、冬木にもわかるはずだ。
 しかも予約といっても、何年先の予約のつもりなのか。大人、と言うのなら、二十歳まであと七年。十八としても五年。そんな先の「予約」に意味があるとは思えない。
 だいたいが、身体を楽しむのなら若い方がいいはずだ。
 それでも高埜は軽く唇をなめて、探るように男の言葉につきあってみる。
「法律違反なのは同じじゃないですか? 買春でしょう」
「君が大人になったら自由恋愛しようか。お小遣いはあげるから」
 ちょっととぼけたように男が言った。
 妙にタイミングを外される感じで、知らず高埜も笑ってしまう。
 そう、確かに「お小遣い」をもらえるくらいの年の差なのだろう。十五、六歳は違うはずだ。
「小遣いの額によってステージの違う自由恋愛というわけですか」
 高埜はきわどく会話を続ける。相手の隙を狙うみたいに。
「いくつもステージを設定できるほど、君にテクニックがあるのかな?」
 にやりと聞き返されて高埜は肩をすくめた。
 年齢的にも──そしてこの男の仕事を考えても、圧倒的に経験値は違うだろう。太刀打ちできるはずもない。
 それでも高埜はムキになるように食い下がった。
「俺が『大人』になった時にはわかりませんよ?」
 思わず口にしたあとで、子供っぽい、とちょっと後悔する。この男にも、内心で笑われているだろう、と。
 しかし男は、楽しみにしているよ、とあっさり受け流しただけだった。
 そのあたりが大人の余裕なのだろうか。そう思うと、さらに腹立たしさが募る。
「それとそのシャツ、着替えて帰りなさい。弁償代わりだから。そのままだといかにも襲われたみたいだよ」
 そして思い出したように言いながら、冬木が腕にかけたシャツを差し出してきた。
 確かに、重森につかまれてボタンは三つほど飛び、胸元も裂けている。
 高埜はちょっと考えてから、男の前で残っていたボタンを一つずつ外していった。シャツの前をはだけさせ、扇情的に男の目に肌をさらしてみせる。
 しゃぶるくらいしてもいい。あるいは──もっと先も。
 おあつらえ向きに、ベッドもすぐ横にあるのだ。
 口では立派なことを言いながらも、やはりAV制作をしている男だ。好きモノ、なのだろう。
 誘えば……乗ってくるくせに。
 内心でそんなふうに思いながら、いかにも挑発的な眼差しで男を見上げて高埜は微笑んだ。
「自由恋愛だったら、今…、してもいいんですよ?」
 言いながら、あえて目の前でゆっくりとシャツを脱ぎ捨てていく。
 しかし冬木は、さらりと言っただけだった。
「子供に興味はないんだ」
 優しく、穏やかな口調で。
 それが強がりや体裁ではないとわかるだけに、なぜかちょっと悔しさを覚えてしまう。
 計算通りにいかないいらだちと歯がゆさ。
 今まで…、「仕事」に慣れてからはこんなことはなかったのに。街で客と駆け引きする時には。
 言葉で、身体で、仕草で相手を煽り、値段をつり上げることもできた。
 急に恥ずかしくなって、着せかけるようにふわりと背中に広げられたシャツに、高埜は手早く腕を通す。
「これでいいんですか?」
 ボタンをとめ、いくぶん大きめのシャツの袖を折り返してから憮然と向き直った高埜に、男がうなずく。
「あと、これとね。似合うと思うよ」
 言いながら、男が手にしていたネクタイを示して見せた。
 ──もしかして、そっちのプレイが好きなのか……?
 一瞬、そんな想像が頭をよぎる。
 わざわざ服を着せて、縛り上げて。
「縛るの…、好きなんですか?」
「嫌いじゃないね」
 知らずかすれた声で尋ねた高埜に、男は何気ない様子で返す。それがどこかとぼけているようにも聞こえて。
 ネクタイを手に腕を伸ばしてきた男に、高埜は無意識に身を固くしてしまった。
 が、男の手は高埜の襟元にネクタイをまわすと、手慣れた様子で緩めに締めた。ちょっと崩すような雰囲気だ。
 誰かに…、こんなふうにネクタイを締めてもらったのは初めてで、ちょっとドキリとした。服を着せてもらうようなことも、父親が亡くなって以来だ。
「うん。いいね」
 検分するように眺めてから穏やかに言われ、無意識に緊張していた身体から力が抜けていく。実際、拍子抜けした。
 なんだ…、と思わず内心でホッとしたのを見透かされていたように、にやりと口元で笑われて、ちょっとムッとしてしまう。
 要するに、いい大人が子供をからかっておもしろがっているだけだ。
 ──性格、悪い……。
 内心で思わずうなってしまう。
 そして冬木はズボンのポケットから財布を取り出した。無造作に開いて万札をまとめて抜き出すと、二つ折りに畳んだまま、スッと横の小さなテーブルにのせた。
 正確にはわからないが、少なくない金額に見える。
「お金、いるんだろう?」
「ええ…」
 そう。それは否定できない。
 高埜は小さく唇を噛む。
「予約をキャンセルしたくなった時には、返しにくればいい」
 そんな言葉に、ハッと男の顔を見上げてしまった。
 七年も先の予約。実質的にはもらうのと変わりはない。あるいは、借りるのと。
 もちろん普通なら、返すことなど考えないのだろうが。名前も知らない相手なのだ。
 高埜は今まで、誰かに金を借りたことはなかった。母が店の客にせがむようなところを見て、気分が悪かった。
 絶対にあんなふうにはならない──、と、そう思って。媚びを売るようにして誰かを頼りたくはなかったし、同情されるのもみじめだった。
 こんなふうに金を差し出されて……、しかしなぜか、嫌な気はしなかった。
 さんざんからかわれたせいだろうか。しかもあからさまに子供扱いするのではなく、そうとは見せない絶妙なやり方で。
 むかっ腹が立っているせいなのか、そのくらいさせてもいいだろう、と思えてくる。
「予約、ですよね?」
 高埜はその金に手を伸ばし、はっきりとさせるように言った。
「うん。楽しみに待ってるよ」
 冬木が微笑む。
「安かった、と思わせるくらい、いい子に成長してくれるとうれしいね」
 ……いい子?
 高埜は思わず眉をよせる。
 どんな意味なんだか。
 すでに身体を売っているような子供なのに。