| 第7回 荻野目悠樹 「My favorite Heroic fantasy」 大学時代、ひとりのキャラクターと出会いました。 場所は書店の一角。平積みになっていた本でした。 ハヤカワ文庫JAの一冊。天野喜孝画伯による、あまりにも美しく幻想的な表紙。私は思わず手にとって、レジへもっていきました。 それが、マイクル・ムアコック作『エルリック・サーガ』です。(現在ではイラストはかわってしまいましたが、優美で流麗な印象は踏襲されています) サーガの主人公こそ、エルリック。作中では、従妹殺し、白子《アルビノ》のエルリックと異名をもつ、ヒーローです。 本作は、ファンタジーの中でも、ヒロイック・ファンタジーと分類されるジャンルに属する作品です。 当時、ヒロイック・ファンタジーのヒーローといえば、コナン(アーノルド・シュワルツェネッガー主演で『征服王コナン』として映画化されました)に代表される、筋肉隆々の蛮人のごときキャラクターが主流だったのですが、エルリックは真逆でした。アルビノという虚弱体質で、さまざまな悩みを抱えるインドアの知識人。 彼の存在は、ヒロイック・ファンタジーのヒーローのアンチテーゼそのものです。 しかも、物語は「国盗り」など主軸にした英雄譚とも一線を画して展開します。世界の根源にあるのは、法《ロー》と混沌《カオス》という相反する神々のせめぎあい。ゾロアスター教のような二元論の世界観。そんな世界で、エルリックは世界存亡を懸けた神々の戦いに巻き込まれていきます。 彼の手にあるのは、運命の魔剣「ストームブリンガー」。人の精気を啜る魔剣は、彼の生命を支え、ときには彼の意思を無視して暴走します。 黒い魔剣を操って、白く長い髪を振り乱して、神々や魔物と戦う、アルビノという姿は、想像力を刺激しました。 ショックだったのは、海外のエルリックの出版物の実物を見たとき。 亡国の美しきアルビノ王という姿からはかけ離れたものでした。 ごつい頬骨に尖った顎。赤い瞳は妖しく輝いています。 はっきり言って、怪物にしか見えません。 たしかに作中では、エルリックは人類ではなく、メルニボネ人という別生物と書かれているのですが。 あまりにも解釈が違う。 美しいエルリックは、天野喜孝画伯の絵による奇跡的な天の配剤であって――つまり日本の読者だけが得た眼福だったのです。 とまれ、このとき、日本のエルリックに出会えた幸運を改めてかみ締めた次第です。 エルリック・サーガは作者ムアコック氏の永遠のチャンピオン《エターナル・チャンピオン》という壮大な構想の一部をなす作品です。 『ルーンの杖秘録』のホークムーン、『紅衣の公子コルム』のコルム、『エレコーゼ・サーガ』のエレコーゼなど、ムアコック作品の主人公たちの多くは、すべて同じ魂の持ち主であり、多次元宇宙を転生していき、それぞれの世界で崩れたバランスをとりもどす使命を負っているというのです。 この大げさな世界観にも痺れるのですが、どの作品の主人公も苦悩や運命に翻弄される知識人として描かれており、ムアコック流の新たなるヒロイック像がすこぶる魅力的で、特に陰影の深さが際立つのはエルリックだと個人的には思っています。 エルリックのファンは知人にも多く、そのひとりの方が、英国を訪問したとき、作者のムアコック氏と話す機会を得たそうです。ミーハー丸出しで、「エルリックのファンなんです」と話すと、当のムアコック氏は、「エルリック? そんな昔の、まだ好きなの?」と疑問の顔。 日本のファンが思い入れているほど、作者はエルリックに思い入れがなかったようで……。 一方、映画化のニュースもあり、心躍らしたのですが、続報がないのが気になるところ(欧米の映画は企画段階で立ち消えになることは珍しいことではないので、噂で終わってしまったのかもしれませんが)。製作者たちが、どこまでエルリックに思い入れがあるかも気がかり。欧米の方々とはエルリック観が違うので、おそらく私の想像とは違ったエルリックのお目見えとなることは覚悟しているのですが。 もし映画化が実現されるならば、一ファンとしては、はかなく美しい姿のエルリックの映像化を期待したいところです。 小説のほうは、現在ハヤカワ文庫で従来のシリーズとともに、未翻訳未収録の作品(フォン・ベック伯爵ウルリック登場の新3部作)も加えて再編し、完全版として刊行されています。興味があれば、一読を。 |
||
| (C)Copyright 2008 GENTOSHA COMICS INC. All rights reserved. 無断転載を禁じます。 |