コラム 

第6回
 牧野 修
「虚構と恐怖と刷り込みの話」


 SFやファンタジー、あるいは幻想小説やホラー小説。それらのありとあらゆる本当でないお話。文学史的にそれらは厳然と、あるいは曖昧に分類されていただろうけれど、私がそれらのお話しに興味を持った頃、幼い私の中にそんな分類などなかった。とにもかくにも非日常的な物語が大好きで、この世では有り得ない、そして何より不思議で驚異を感じさせてくれるお話しなら、なんでも良かった。そんな物語を手当たり次第に読んだり観たりした。
 多少物心ついてから、私の好きなアレっていったい何なんだろうかと考えて、それを『子供のカッコイイ』と名付けた。それは銀色で流線型でドリルを持っていて透明で変身して強くて恐ろしくて堅くて醜くて美しいものだ。昆虫も恐竜も猫の死体もロケットも怪獣も妖怪もすべて同じ仲間に属していた。それらは混然と分別不能でありながら、明確に他と異なるきらきらとした目映い光を放っていた。そして私はカラスのように、光り物に惹かれる。今でもだ。
 それをインプリンティングと呼ぶのは間違っているかもしれないけれど、幼い頃に悦びや愉しみと同時に記憶された物事が、かなり根深い部分での嗜好を決定づけることを「刷り込み(インプリンティング)」と呼ぶと非常にしっくりとくる。
 たとえば食の好みは年代と共にずいぶん変化するが、みそ汁や煮魚の味付けといったものへの好みは、幼い頃に馴染んだものから遠く離れることはない。
 私のジャンル本籍はどうやらホラーと呼ばれるあれこれで、要するに怖い話に関する物事が描かれていると、小説でも映画でも機嫌が良いのである。それは何故かと考えてみると、やはり幼い頃の記憶に関係しているようなのだ。
 子供の頃の私がそうであったように、ジャンルファンなどとは縁遠い人間にとっての驚異の物語とは、SFやファンタジーなどという名前を持たない、TV『世にも奇妙な物語』のような「なんだか不思議な話」なのだろう。
 その『世にも奇妙な物語』を思い起こせば、そこで紹介される短編において「ちょっと恐ろしい雰囲気」を感じさせる演出がなされていることが多いのに気づくだろう。それはたとえば元祖奇妙な物語である米国のTVシリーズ『トワイライトゾーン』の脚本家が、リチャード・マシスンやロバート・ブロックのような、不思議でコワイ、モダンホラーの書き手だったことからも明らかで、その影響を如実に受けているであろう我が国の『ウルトラQ』にもそれは引き継がれていて、『蜘蛛男爵』というタイトルの純然たるホラー作品もあるぐらいだ。
 私の物語への好みは、この『ウルトラQ』で決定づけられたのだった。いやはや三つ子の魂百までとはこのことだ。
 結局不思議な物語への嗜好は、その恐怖演出とともに私の心に刷り込まれた。つまり『子供のカッコイイ』は、同時に恐怖を愉しむ私の心性ともしっかり結びついていて離れなくなってしまったわけである。
 記号的な人の死に、恐怖を付加させないミステリーも存在するし、おぞましい闇の世界(この場合の主軸は「闇の世界」ではなく「おぞましい」にある)を描かないファンタジーだって存在する。SFホラーにだって幾つも傑作はあるし、ホラーにはコズミック・ホラーなる分野もある。しかしだからといって、恐怖演出がいつもSFとセットになっているわけではない。
 だが恐怖を愉しむ心というものが、ドキドキハラハラするサスペンス演出の要であることは間違いないし、サスペンスというものが、読者観客を飽きさせない大きな手段の一つであることも間違いない、などと力説しているのは、恐怖がこれだけエンタテインメント性と大きく結びついていながら、ホラーというものはあまり評価されることがないからなのだ。ついでにいうなら、ホラーが好きだなどと公言するのは憚れる雰囲気すらある。SFやファンタジー、更には幻想文学が好きなどというのならまだしも、ホラーが好きだなどと言うと変質者や犯罪者扱いされてしまい、いつの間にか周囲では「あまりあの人にかかわるのはよしましょう」などと噂されてしまうのである。ポルノが好きとホラーが好きは、どちらも人前で口に出すにはそれなりの覚悟を必要するのである。と、ちょっと荒んだ気持ちで書いてはみたが、実際はさっきも書いたように、一般的な人の大半はジャンルにそれほど興味があるわけではないし、特に現実世界からあまりにもかかわりのない世界の話になると、興味を持ってもらえること自体が少ない。ホラーだのミステリーだのという以前の問題だ。現実から大きく離れた驚異の物語などというものは、社会に適応できない子供たちの脆弱な意識がもたらした逃避のための妄想であり、いい年をした大人が興味を持つものではない、という「一般的な」意見もあったりする。実際軽々と社会に適応できる完璧な人間は、虚構などというもの自体を必要としないのかもしれない。ところが生まれたときからどうにも居心地の悪い毎日を送ってきた記憶しかない凡夫以下の私にとっては、それらの驚異の物語が唯一の救いであったりするのである。許してください。いやはや、我ながらどうにも情けない話でおしまいである。

 
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