コラム 

第5回
 菅 浩江
「夢想のイメージ 理想の文章」


 ファンタジーについて書くのは、正直、怖い。
 以前、私にとっての純ファンタジーを出版した折り、あとがきに「型にはまった設定はいかがなものか」というようなことを書いてしまった。私の出自はSFジャンルで、どうしても新奇なものが魅力的に思える。金髪碧眼、ギリシアふう長衣(ローブ)、エルフにドワーフ、王家の因縁に貴種流離譚、などの〈記号〉で描かれたものがとても多かったのを当時は憂えていたのだ。
 結果、あちこちからお叱りを受けてしまった。一部のファンタジーファンはそういった記号こそをこよなく愛しているのに、という説も聞いた。そう言われれば、宇宙船や宇宙人、超能力や光線銃が出くる冒険譚こそがSFの醍醐味だと思っている人たちもいる。人の好みはかくもそれぞれであり、私ごときが憂慮すべきではなかった、と、今は反省している次第だ。

 どうも私の好みは、ファンタジーというよりは幻想小説であるらしい。
 両者の区別もまた、私ごときがつけるものではないが、少なくとも個人的には差を感じている。幻想小説のほうが、おどろおどろしくゴシック的な雰囲気なのだ。
 古くは泉鏡花、嚆矢は山尾悠子、海外では、レイ・ブラッドベリの『何かが道をやってくる』であったり、マーヴィン・ピークの〈ゴーメンガースト〉三部作であったりする。タニス・リーは境界線近くの幻想小説寄り、クライブ・バーカーはファンジーではなくホラーとの境目、という位置付け。
 こうして列挙すると、やはり自分の好みは意固地に定まっているように見える。要は「ありえない世界を豊かな描写力で描いている」小説が好きなのだ。
 鏡花の『天守物語』で、花の露で釣りをするお女中たちのなんと華やかなことか。
 ブラッドベリの描出する移動遊園地の、なんと妖しく懐かしいことか。
 バーカーの「丘に、町が」の、ゴヤの巨人までも思わせる痛々しさ。
 タニス・リーが創出した闇の主人公、彼の胸元を飾る骸骨の、物悲しく乾いた響き。
 何度も書いたことで恐縮だが、特に以下の二点も上げておきたい。
 山尾悠子の傑作短篇「夢の棲む街」は、ほんとうにすごかった。足の裏へ吹き込まれる言葉によって踊る薔薇色の乙女たち、擂鉢状の街に降る「僅かに反りをうった」羽根。反りを「持つ」でも「反った」でもなく、「反りをうつ」などという言葉遣いをするこの人は、天才だと思う。
 またタニス・リーの「冬物語」を訳した人も素晴らしい。白浜と対比される冒頭の海の色を「さみどり色」としたのだ。おそらく言語ではライトグリーンであろうが、「薄い緑」でも「浅いグリーン」でもなく、「さみどり」を選び取ったそのセンス。
 日常と離れた世界を描ききるなら、それを描出する日本語もまた、表現力の限界を心していてほしい……それこそが幻想小説を読む愉しみに通づる、と私は強く思っている。

 問題は、バランス。
 言葉がきちんと世界観に貢献しているか、だ。
 私は山尾悠子が使っていた「蝟集」という単語が気に入っている。密集して寄り集まる様子を指し、虫偏も胃の字も異形な感じでとてもいい。だが、正直言って、初回は辞書を引いた。私にとっては一連の愉しみのうちだったが、字面で引っかかって読書を妨げられるのを好まない人もいるだろう。
 また、ファンタジー小説に、コスチューム・プレイやロール・プレイの要素を求める種類の人にとっては、その世界の妖精の姿をこまごまと説明されるよりは、エルフ、という共通言語で済ませてストーリーを進めてくれたほうが、楽しく読めるのではないだろうか。
 大御所鏡花の文体にも好き嫌いがあろう。句点のみで区切られた七五調でえんえんと歌い上げる、髪のようす、着物の乱れ方、指のしなりなど、事細かな映像が眼前にめくるめく広がるようで、私なんぞはぞくぞくするほうだ。けれど、結綿の髪型がどんなものであるのか、伊達締めや蹴出しが何なのかをよく知らない現代派は、まるで言葉の迷路に迷い込んだように感じて、ただただわずらわしいだけなのかもしれない。
 この伝でいけば、西洋ふうファンタジー世界の「スプーン」は許せるが、和モノやまったくの異世界では、外来語ではなく本来の記号表現(シニフィアン)たる「匙」を使ってほしい、とさえ願えてくるのだが、これは果たして読者にとっていいことなのかどうか……。

 せっかく小説家になったのだから、みずからの想像力の限界に挑む世界を、みずからの言語能力の限界に挑みつつ描いてみたい――。これまでもなるべくそうしてきたつもりなのだけれど、まだまだ先は長いようだ。
 せめて、いまだ私の目に触れていない幻想小説を掘り出して、ひそやかな愉しみに耽溺することとしよう。

 
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