コラム 

第2回
 縞田理理
「SF、ファンタジー、そして不思議の物語」


 その本のタイトルは『地球の長い午後』。作者はブライアン・W・オールディス。
 中学校の図書室の文庫棚に埋もれるようにその本は挿さっていた。どんな本なのかは知らなかった。なぜ中学二年生の私がその本を借りようと思ったのかは分からない。しかしその日私はその本を借りた。
 そして私の人生は変わった。
 そこにあったのはめくるめく世界――超未来、まさに燃え尽きようとする太陽の下、静止した地球の永遠の昼と月とを巨大な蔦植物がケーブルのように結び、人類の末裔は食肉植物に狩りたてられ、知性ある茸の助けで月への脱出を試みる――圧倒的なイマジネーションにただ茫然となった。
 コレガ、SFトイウモノカーー! 
 私のSF原体験だった。
 ほどなく私の書棚は青色の背表紙で埋まった。当時はジャンルの住み分けは今ほど厳密でなかったから、自然とSFもファンタジーも区別なく読んだ。白い背表紙も、黄緑の背表紙も、帆掛け船の背表紙も、手に触れるものは手当たり次第に読んだ。アシモフ、ヴォクト、ハインライン、ベスター、ブラッドベリ、ムーア、ノートン、ハミルトン、E.E.スミス、スタージョン、エリスン、ゼラズニイ、ライバー、ニーヴン、シルヴァーバーグ、シマック、ファーマー、ムアコック、マキリップ――素晴らしかった。時間を忘れた。通学電車の中で読み続けたため視力は落ち、乱視用の厚い眼鏡をかけるようになった。ボーイフレンドは一人も出来なかったが、気にしなかった。私には広大な宇宙が、遠い未来が、遥かな過去が、魔法溢れる幾多のパラレルワールドがあったからだ。
 実際、そこには私の求める全てがあった。愛が、笑いが、涙が、感動が、そして数多くの人と人でない者たちの生と死が。それらは現実の生活では決して出逢えないものだった。《SF》と《ファンタジー》は不可能を可能にする文字通り魔法の呪文だったのだ。
 後年、私が物語を書きたいと思うようになったのは、この時期に大量に摂取した《不思議》と《驚き》を何らかの形で吐き出さずにいられなくなったからだと思う。それは、読書体験から受け取った感動を返す――別の誰かに向けて返すということだ。
 とりわけ私の琴線に触れる物語は既成概念をひっくり返すタイプの物語だった。《地球の長い午後》では回り続ける筈の地球と月は静止し、動物と植物の役割は逆転していた。そこでは現在の地球の常識は全く通用しない。常識は非常識、非常識は常識なのだ。
 私の書くものは広義のファンタジーであるけれども、底の方に《疑う》《ひっくり返す》ということが潜んでいることが多い。ファンタジーの主流からは外れるが、これは私の読書歴がSF→ファンタジーの順序であったためではないかと思う。
  既成概念に疑いを持ち、覆すこと。これがSF的精神だと思うのだ。既知の世界、目に見える世界は宇宙全体から見れば氷山の一角に過ぎない。思考が常識を乗り越えるとき、可能性は無限になる。それがSFであり、そこにリミットはないのだ。
  対照的にファンタジーは信じることによって成り立っている。ファンタジーは過去の歴史に向かう様式で、神話・伝説に基礎を置いている。そして作品ごとにさらに新たな伝説が付け加えられ、ファンタジーの共通無意識とでも呼ぶべきものとなっている。神、悪魔、天使、ドラゴン、妖精。あらゆる神話伝承の登場人物たちがそこにいる。だから私はファンタジーが好きだ。その世界に入って行けば、きっと彼らと出逢えるからだ。そしてファンタジーでは《世界》そのものにふれることが出来る。通常、人は自分をとりまく《世界》そのものを意識することはない。しかし、ファンタジーでは世界は常に意識される。ここはどこなのか。どんな世界なのか。そしてそれに触れ、味わうことが出来る。ファンタジーの最大の魅力は《世界に手をふれる》ことではないだろうか。 
  不思議を信じることと、常識に疑問を持つこと。この二つは相反することのように見えるけれども、必ずしもそうではないのではないだろうか。なぜなら《不思議さ》の度合いは《常識》からの距離で測られるからだ。そして 不思議は、疑問の母でもある。
《不思議》と《驚き》、そして《疑問》。
 それが私の創作の基なのだ。《疑問》という支点で《不思議》をひっくり返し、物語に託して投げ掛ける。なぜ? なぜ? なぜ? と。常識を疑い、信じられないような不思議を信じる。それは現実と非現実の間に横たわる溝を消し去り、境目のない滑らかな斜面に変えることだ。
 そしていつか私が投げた《驚き》や《不思議》を摂取した誰かが再び新たな《驚き》や《不思議》の物語を生み出してくれることを願う。さらにそれを読んだ誰かが新たな物語を。そのとき、不思議の物語の連鎖は永遠不滅のものとなるのだ。

次回は、鍛治靖子先生です。

 
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