| 第1回 ひかわ玲子 「ファンタジーとわたし♪」 もともと、ものすごく飽きっぽい、ということにかけては人後に落ちないわたくしです。 まぁ、歌手でも俳優でもアニメのキャラクターでもゲームでも、突っ走る時には突っ走って、かなりディープなところまで行くのですが、三年、経つと、たいがいのことには飽きる。 そんなわたしが、唯一、まったく飽きる気配がない相手、それが──ファンタジー、かなぁ? 中学生くらいまでは、わたしは自分がSFファンなんだ、と思ってました。我が家は、由緒正しいSFオタクの家でして、父と兄がSFファン。というわけで、SFの本はうずたかく本棚に詰められていました。あれば、素直に読むよい子のわたくしは、そういうわけでSF漬けに。SFマガジンは片端から読んでいましたし、軽く千冊くらいはSFの本は中学生の頃に読破していたかと。 でも、それくらい読むと、なんとなく、自分が好きな本の傾向、というのが見えてきます。で、どうもわたしは、テクノロジーやロジックばしばしのハードSFよりも、観念的で幻想的なもののほうが好きなんだなぁ、というのが、なんとなく、わかりかけてきた十四歳のある日のこと。 わたしは、図書館で、J・R・R・トールキンの『指輪物語』と運命の出会いをしました。 それまでも、児童文学などでファンタジーは読んでいたと思うのですが、これほどに面白いと思ったことはない……それくらい、わたしは深く深く『指輪物語』にハマリました。ええ、どっぷりと。どのくらいわたしが『指輪物語』を愛していたかというと、その後、わたしはお年玉やお小遣いを総動員して、当時、ハードカバーでしか出版されてなかった『指輪物語』を自分用に部屋の本棚に揃えたのですが、自分の本を汚したくなくて、図書館の『指輪物語』を延々と借り続けて、何度も何度も読み返したという……(←いえ、もちろん、他の人に迷惑だったかも、と思うのですが、ただ、わたし以外に『指輪物語』を借りよう、という人は当時はあまりいなかったような)。 そして、『指輪物語』にそこまでハマったことで、わたしは自分が「何が好き」なのかをはっきりと自覚したのでした。 そう、わたしが好きなのは、ファンタジー、というジャンルの小説なのだ、と。 それ以来、ファンタジーに対しては一筋なわたしです。 その後、ずーーーっと時が経ち。あの日、ピーター・ジャクソン、という監督がわたしの大好きな『指輪物語』を映画化する、と聞いた時は、正直、かなーり警戒しました。わたしの大好きな『指輪物語』を、そんな名もない映画監督がちゃんと映像化できるのだろうか、と。結果としては……いや、こんなにメジャーになると思わなかったですけれど、『指輪物語』の映画化は大ヒット。わたしも、今となっては、アラゴルンは、ヴィゴ・モーテンセン以外にはありえないと思います、はい。 『指輪物語』以外で、わたしが十代にものすごーく耽溺した物語に、ジェーン・ギャスキルという女性作家が書いた『アトランの女王』という話があります。この作者、十四歳でデビューした天才小説家、ということで、この作品を書いていたのも十代から二十代の初めまで──。自分の国を滅ぼし、やがては世界をも破滅させる、と予言された、小国の女執政官の娘、キーヤは、この世界では男性は全員死に絶えた、と信じ込まされ、自分は女神で特別な存在だ、と教えられて、塔に閉じこめられた育ちますが、ある日、ドラゴンの鱗を持つ醜い女性に出会います。それは、その小国を征服した将軍で、キーヤが初めて見た男、でした。全身を鱗に覆われた半竜半人のその男は、彼女の小国を予言通り攻め滅ぼしたのですが、いきなり、塔を出された彼女に、母親は、人質として将軍の軍についていき、彼を誘惑してベッドに引き込んで、殺せ、と命じる……というところから話が始まります。生命力の塊のようなキーヤは、結局、そのゼルド、という将軍の娘を生んだり、異母兄と近親相姦をしたり、果ては猿との間に子供を作ったり、と破天荒な人生の旅に出る──。 もう、ものすごく面白くて、この物語にもハマリましたねぇ。 わたしが小説を書き出した原点には、こうしたファンタジーや、それに『アーサー王伝説』のようなさまざまな神話や英雄伝説が本当に心の底から、死ぬほどに好きだ、という、恋にも似た気持ちがあります。この「好き」には、いまだに飽きてません。というわけで、今日もわたしはファンタジーを書いているわけです。 次回は、縞田理理先生です。 |
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