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「……おやめください、椿さま」
いくら何でももう、さすがにそれをどうこうする体力は、今の十左にはなかった。
「良く思い出してみたから、心配しなくていい、十左」
そう言って、また水桶からぞろりと布を、指で摘んで引き上げた椿は、今度は、絞りもせずに小さく折りたたんで、雫が滴るまま十左の額に乗せ、汁気は多いがおよそこの通りだっただろうと、自慢げに言った。
今度は、腰から下に、黒こげの焼き米を付けてきたから、燃え上がりでもしたのかと慌てて訊ねると、燃え上がりそうになったから、ありったけの水を掛けてきたと言っていたから、多分、火事の心配はないが、椿の濡れ具合を見るに、あとで拭き掃除は免れまいと、十左は心中で覚悟をしたが。
「熱が、下がらないな…」
びしょびしょの髪を無視して、沈鬱に、椿は呟いた。
「仕方がありません」
苦笑いで水浸しの布団の中で答えて、椿の冷たい痩せた手に、痛まない左手を握られながら、十左は笑った。
「申し訳ありません、お膳が疎かになりまして」
高熱はもう、四日も続いている。
椿は火を使えないから、食事だけはどうにか起き出して、椿と自分の分を作るのだが、椿の言葉に甘え、手の掛からないものばかりを作っている。
「いや。腹が空かないのは、こんなときは便利だ」
綾倉からも重が届くし、と、苦笑いで、椿は言った。
元々椿は食が細く、毎日、食べなければ健康に悪いからと言う理由だけで、仕方なく食事をしている様子だった。
「お薬を戴きましたから、じきに下がります」
何故寝ていないのかと、必要なら緊急信号だけを灯台から放って、綾倉のものを呼び寄せないのかと、椿は自分を詰った。
罪人の印ならもう消えたと、椿は泣いた。
自分では足りない助けを綾倉に乞えと、椿自身が頭を下げる覚悟で、自分に綾倉の船を呼べと命じた。
仕方なく、十左は、自分の目論見を告げた。
自分は、椿ほど正直ではなく、醜いほど用心深く、椿よりずっとずっと、椿を失うことを恐れているのだと。
命に替えても、椿が欲しい、と。
焼き印を焼いたあと、千代の部屋にある消毒の薬を使わなかったのも、傷を負ったばかりの身体で、錘を巻き上げ汗を掻いたのも、そのまま手当もろくにせず、褥に入ったのも、傷を膿ませる為だった、と告白した。
目論見通り、すぐに膿み始めた傷はじくじくと崩れ、膿をもって抉れ、自分に熱を出させた。
そこでようやく消毒を始め、しょっちゅう届けられる上等の馬油を傷口にたっぷり塗り、清潔な布を頻繁に取り替え固定する。そんな治療を始めた。
この傷が治癒すれば、多分、火傷にすら見えない歪な傷跡になるはずだ。
火傷を負って膿んだでもいい、傷を負って激しく膿んだでも、通るはずの傷跡に仕上がるはずだった。
少なくとも、罪人の焼き印を焼き潰した痕には見えないはずだ。焼き付けた黒い炭を皮膚から落とすためにも、一度、膿ませる必要があった。
時期を誤れば命を落とすかも知れない傷だが、それを、仏に委ねたい気持ちでもあった。
消した罪の証を、死んで購えと命じられるか、生きて償えと言われるか。
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