―その1―
(1〜9)
6/8Up!!


―その2―
(10〜19)
6/15Up!!


―その3―
(20〜32)
6/22Up!!



前へ  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  次へ

「……おやめください、椿さま」
 さすがにそれをどうこうする体力は、今の十左にはなかった。
 椿の華奢な手のひらほどといえ、皮膚が抉れるほど深く、はげ落ちるほどの火傷を負ったのだ。
 椿と引き替えなら、どんな痛みも熱さも耐えようと覚悟はしていた。あの鉄の棒を持てないのではないかと危惧していた椿が、立てないほど渾身の力を絞り尽くして、あの鉄の棒を拾い上げ、躊躇いなく焼き印を、想像以上に感心するほど上手く焼き崩してくれたことは、彼の必死の想いと、自分への恋情ゆえでしかあり得ず、その幸せをこうして思い返すたび。
「気に入らぬか、十左」
「…………。――――……いえ…」
 額の布から垂れ落ちる水と共に、涙が耳に流れ込み放題なほどだ。
 さすがにあの傷を負った直後は、高ぶりすぎた神経と傷の深さで、ふらふらとして立てず、力を使い果たした椿と、あの岩場に二人でばらばらに倒れ、もしこのまま潮が満ちれば焼き印の心配をする前に、命ごと流れて波の彼方に消えてしまうのではないかと、霞んだ意識に切実に思った。
 けれど、どうにか潮が届くころには、二人で罵りあい(というには、椿がほぼ一方的に罵っていたのだが)、這いずって、塔の中に逃げ込むことに成功した。
 それから、長い時間を掛け、(やはり罵られながら)階段を上り、椿の言葉に甘えて、椿の部屋の下にある自室までしか上がらず、椿は上の椿の部屋で休ませた。
 心配ではあったが、一度、布団に転がってしまうと焼け爛れた肩が疼いて堪らず、身体は硬く強ばり、熱と乾きで、起きあがって椿の様子を見に行くのは不可能だと思われた。
 こうする前に、椿には冷や飯と、色とりどりの霰と海苔を混ぜたものと、ほうじ茶をのせた膳を用意してある。
 椿が好きな霰の茶漬けだ。金平糖を盛って食べるようなそれを、椿は機嫌良く食べてくれればいいと思いながら、痛みと熱に喘いでいると。
 突然、椿が現われたのだ。
 ここは下男の部屋で、椿が入るような部屋ではない。
 動かない身体を無理に引き起こし、千代が生きていたら、自分が鞭打たれそうなそんな椿の行いを止める自分に、盥と布を得意げに小脇に挟んだ椿は宣言したのだった。
 私は看病され慣れていて、看病は得意だ、――――たぶん。と。
「熱が下がる心地はするか、十左」
 椿は、額に丸めて乗せた、びたびたに濡れた布が温む間もなく、雫を滴らせながらそれを掴み上げ、また、盥に入れた。
 盥の中で、白い指先で摘んでそれを振り、うどんでも引き上げるようにぞろりと水からそれを引き上げて、反対の手で下から掬う。さらに、掬った手にそれを乗せ、握り飯でも握るように、手のひらで丸くぎゅっと、一度押さえて、丸いまま。
「……」
 指の隙間から、ぼたぼたとまだ雫を垂れさせながら、自分の額に乗せるのだ。
 当然布からは、水が流れるほどに滴り、こめかみはもとより、頭の中、果ては顔まで、ぐっしょりで、枕など、洗ったほどにびっしょりだった。
「……俺の気のせいやも知れませんが」
 あまりにあからさまな遠慮で、それでも仕方なく、十左は訊ねた。


(C)Copyright 2007 GENTOSHA COMICS INC. All rights reserved. 無断転載を禁じます。