―その1―
(1〜9)
6/8Up!!


―その2―
(10〜19)
6/15Up!!


―その3―
(20〜32)
6/22Up!!



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 真っ赤に焼けた火掻き棒の鉄の板を、愛しい男の背中に押しつけるのだ。
 持ったことのない、火掻き棒は重かった。付け根まで這い上がってきそうに真っ赤に焼けた先端は見るだけでも恐ろしかった。
 両手で掴み、出来るだけ、先端に近い部分を持った。壊れたように身体が震えた。恐ろしかった。
 火を恐れる本能が、そして、自分を残酷に駆り立てる、この恋心が。
「…!」
 その背中の後ろに膝をついた。
 決して外さないと、距離の取りにくい片目をこらして、瞬きもせずその焼き印を見た。そして。
「っ!」
 滑るものに、押し当てた感触がした。慌ててずれないよう、それを支えた。すぐにそれは張り付いたように動かなくなり、椿は、棒を握りしめた手に力を込めた。
 肉の焼ける音がして、煙と共に人が焼ける匂いがする。
 狂ったように胸が打って、骨が全て外れ落ちそうなくらい、身体が震えた。
 目を閉じないのに必死だった。
 どれほど痛いだろうか、熱いだろうに、十左は微動だにせず、海を見ていた。襟足から流れた汗だけがその凄まじい苦痛を見せていた。
「もう一度……、椿さま」
 穏やかに、十左が乞う。
 墨を挟んだ鋭い鏨(たがね)で焼き付けられた焼き印は濃く、深い。
 赤さの薄れた火掻き棒を捨て、言われるままに椿は二本目を取る。
「十左……!」
 待ちくたびれたように蕩けそうに朱いその先端を、泣き崩れるようにして、その背中に押しつけながら、自ら傷つけるその背から皮が焼け剥がれ、煙が立ち上るのを見る。
「十左アッ…!」
 悲鳴のような声が、掠れて波間に響く。
 十左の痛みは、十左ではなく直接この心に返るのではないかと思うほど、胸が痛かった。神経が焼き切れてしまいそうなほど熱かった。
 けれど必死で。
 この焼けた板をずらすまいと震える手に縋るほど強く、力を込めた。見えない目からも、涙が壊れたようにこぼれ落ちても、決して目は閉じなかった。
 十左は自分の苦痛など、知りもしないようにただ、座って、海を見ていた。
「……もう…、良いと思います」
 渾身で押しつけた先端が埋まり込みそうになるころ、十左はそれが命綱のように、火掻き棒を握りしめた自分に言った。
 恐る恐る離すそれには、十左の欠片がこびりついていた。
 まだ煙を上げ、焦げ続けるそれは、少しの安堵と、酷い恐怖と、後悔の破片に違いなかった。けれど。
「十…左……っ…!」
 自らの手に焼き付いてしまったかのような、それを必死で毟り取り。
「十左ァッ……!」
 鋼の音が岩に響いたのと、椿がその背中にしがみついたのは同時だった。
 十左の背中は汗でぐっしょりで、火掻き棒の絵馬のような形をした板を二度押しつけ、歪に捩られた傷は、皮膚ごと焦げて剥がれ落ち、皮膚の下の赤い剥き身が無惨に口を開けていた。
「すみませんでした……。怖い目に遭わせました」
 微かに息を弾ませた十左の背中にある早い鼓動は、自分のものなのか、彼のものなのか。
「……有難うございます」
 海を眺めたまま、笑みの気配で言う十左を、馬鹿者、と詰った。
 自分の我が儘のせいで。自分さえ綾倉に行けば、十左はここまで思い詰めずに済んだ。十左の愚かな覚悟に、自分さえ最後まで首を振って、決してあの棒を握らずにいたら。
 十左を傷つけずに、済んだ。それでも――――。
「…っ…!」
 すまないと、詰るように言う声が喉で詰まる、一瞬に。
「――――椿さまは、俺のもので、いいですか」
 望むまでもない、身の程知らずで、身分違いで、僭越も甚だしく、けれど、死にそうに幸せな問いかけに。
「十左の馬鹿者ッ――――!」
 この上泣き顔など決して見られまいと、その背中にしがみつく。すると。
「……痛いです、椿さま」
 ようやく苦笑いの、そんな弱音が吐かれた。
「お許しください、千代殿」
 傷に沁みるだろう潮風に吹かれながら、自分を背中にしがみつかせたまま。
 本当に苦く、それでも心底幸せそうに、十左は呟いた。


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