―その1―
(1〜9)
6/8Up!!


―その2―
(10〜19)
6/15Up!!


―その3―
(20〜32)
6/22Up!!



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 眼下に打ち寄せる波が見えた。
 沖の稜線から打ち寄せる常世の波は、ここを浸して陸まで続く。
 白い飛沫で囲まれた岩場はあっと言う間に狭くなり、この塔を取り囲んで、浸してゆく。
 石振りが飛沫き、黒い岩が白い指先のように波を裂く。
 まだ、打ち寄せる波の下には、岩が透けて見え、ここから飛び降りれば、確実に死ねると、信頼を以て誘いかけるように揺れていた。
 船が来なければいいと思う。津波が来ればいいと思う。
「……十左の薄情者」
 呟けば涙が出そうで、冷たいタイルに座り込んで、椿は錆びた鉄の手摺りを握りしめた。
 いままで、何一つ、我を通したことはなかった。
 与えられるもの全てを、それが当たり前なのだと、思って受け入れてきた。
 何故外へ出られないのか、何故見えない振りをしなければならないのか。何故父は自分にあんなことをしたのか。この塔に送られたことも、送られたあとに高男達に受けた仕打ちも。
 何一つ逆らいもせず、問い返すこともなく、そうあるべきものとして受け入れてきた。
 尊い身なのだと教えられ、誇りを持てと言われ。
 与えられるを全てとし、運命すら受け入れてきた。
 そんな自分が、下男を一人、欲しがることも許されないのかと思うと、全てが惨めで嘘のように思えた。
 閉じ込められるだけの籠の鳥。羽をもがれた蝶。
 そんな、いたぶられるだけの力ないものとして生まれてきたのだと、疑わずにいられなくなる。
 たった一つに欲しがられない自分も、情けなくて死にそうになる。
 綾倉の船は、まだ二日は来ない。
 灯台の灯りを見ているだろうが、十左の仕事ぶりは相変わらず真面目で、臓腑のどこかに時計を仕込んでいるかのように、錘が落ちる前に必ず、それを巻き上げに行く。
 或いは、と、朝の潮風に髪を嬲らせながら、冷たい手摺りに額を着けた。
 十左と言い争ってから、灯台部屋に昇っていない。
 珍しいことでもない限り、十左が誘うこともなかったし、自分が行きたがらなければ、十左は灯台部屋に自分を上げようとしなかった。
 もしかしたら、十左は今日にも、緊急の信号を発して綾倉の船を呼び寄せるかも知れない。
「……そうしたら、飛び降りてやる」
 恨みと恋しさを抱いて。きっとここから飛び降りる。
 思うだけで滲む涙を噛みしめる。そのときだった。
 ドアが叩かれた。返事はしなかった。
 手が着けられない朝餉の膳に、ため息の気配がして、それはゆっくり近寄ってきた。振り返らなかった。
「椿さま」
 呼ばれても。
「御願いがございます」
 振り返らない。
 今度何かを言われたら、綾倉には行かないと、叫んでもう決して部屋には戻るまいと決めた。この手摺りにしがみついて、決して離すまいと。なのに。
「工夫をしましたが、どうにも届きません。椿さまにこのようなことを御願いするのは、下男にあるまじき無礼かと思いましたが」
 この塔には、椿さましか、おりません。
 そう言う十左を怪訝に振り返った。
 困り果てた末の覚悟を湛えた瞳の十左が、自分を見ていた。
「醜いことです。しかし、なにとぞ、お手煩い賜りたく」
 着物を着乱した十左は、微かな苦笑いを浮かべていて。
「下まで、ご足労いただけますか」
「……ああ」
 自分を騙して、無理矢理誰かに自分を渡そうとするなら、舌を噛みきって死ぬつもりでいたから。
 下まで連れて降りるという十左に、椿は簡単に頷いた。


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