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眼下に打ち寄せる波が見えた。
沖の稜線から打ち寄せる常世の波は、ここを浸して陸まで続く。
白い飛沫で囲まれた岩場はあっと言う間に狭くなり、この塔を取り囲んで、浸してゆく。
石振りが飛沫き、黒い岩が白い指先のように波を裂く。
まだ、打ち寄せる波の下には、岩が透けて見え、ここから飛び降りれば、確実に死ねると、信頼を以て誘いかけるように揺れていた。
船が来なければいいと思う。津波が来ればいいと思う。
「……十左の薄情者」
呟けば涙が出そうで、冷たいタイルに座り込んで、椿は錆びた鉄の手摺りを握りしめた。
いままで、何一つ、我を通したことはなかった。
与えられるもの全てを、それが当たり前なのだと、思って受け入れてきた。
何故外へ出られないのか、何故見えない振りをしなければならないのか。何故父は自分にあんなことをしたのか。この塔に送られたことも、送られたあとに高男達に受けた仕打ちも。
何一つ逆らいもせず、問い返すこともなく、そうあるべきものとして受け入れてきた。
尊い身なのだと教えられ、誇りを持てと言われ。
与えられるを全てとし、運命すら受け入れてきた。
そんな自分が、下男を一人、欲しがることも許されないのかと思うと、全てが惨めで嘘のように思えた。
閉じ込められるだけの籠の鳥。羽をもがれた蝶。
そんな、いたぶられるだけの力ないものとして生まれてきたのだと、疑わずにいられなくなる。
たった一つに欲しがられない自分も、情けなくて死にそうになる。
綾倉の船は、まだ二日は来ない。
灯台の灯りを見ているだろうが、十左の仕事ぶりは相変わらず真面目で、臓腑のどこかに時計を仕込んでいるかのように、錘が落ちる前に必ず、それを巻き上げに行く。
或いは、と、朝の潮風に髪を嬲らせながら、冷たい手摺りに額を着けた。
十左と言い争ってから、灯台部屋に昇っていない。
珍しいことでもない限り、十左が誘うこともなかったし、自分が行きたがらなければ、十左は灯台部屋に自分を上げようとしなかった。
もしかしたら、十左は今日にも、緊急の信号を発して綾倉の船を呼び寄せるかも知れない。
「……そうしたら、飛び降りてやる」
恨みと恋しさを抱いて。きっとここから飛び降りる。
思うだけで滲む涙を噛みしめる。そのときだった。
ドアが叩かれた。返事はしなかった。
手が着けられない朝餉の膳に、ため息の気配がして、それはゆっくり近寄ってきた。振り返らなかった。
「椿さま」
呼ばれても。
「御願いがございます」
振り返らない。
今度何かを言われたら、綾倉には行かないと、叫んでもう決して部屋には戻るまいと決めた。この手摺りにしがみついて、決して離すまいと。なのに。
「工夫をしましたが、どうにも届きません。椿さまにこのようなことを御願いするのは、下男にあるまじき無礼かと思いましたが」
この塔には、椿さましか、おりません。
そう言う十左を怪訝に振り返った。
困り果てた末の覚悟を湛えた瞳の十左が、自分を見ていた。
「醜いことです。しかし、なにとぞ、お手煩い賜りたく」
着物を着乱した十左は、微かな苦笑いを浮かべていて。
「下まで、ご足労いただけますか」
「……ああ」
自分を騙して、無理矢理誰かに自分を渡そうとするなら、舌を噛みきって死ぬつもりでいたから。
下まで連れて降りるという十左に、椿は簡単に頷いた。
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